主には、ポピュラー音楽の学術的な研究です。 |
ゼミでは何かを「教わる」というより、自分で学びを切り開いていく姿勢が求められます。 |
課題への自主的な取り組みです。 |
学術的な文献を、自力で読めるようになること。また、それを踏まえて、自力で学術的な文章を書けるようになることです。 |
指定されたテキストの講読と、各自の課題に関するプレゼンが時間の大部分を占めます。ポピュラー音楽についてだけでなく、一般的に物事に対いて学術的にアプローチする方法を学べると考えてください。 |
こちらとしては「音楽」としたいと思っていますが、必ずしもそうはなりません。 |
いいと思います。 |
個別に努力してもらう部分が多くなるかもしれません。あなたの関心によって何が「音楽の知識の基盤」になるかは変わってくるからです。個別に助言して、本を読んでもらったり、いろいろな施設へ出向いてもらったりすることがあるかもしれません。 |
ポピュラー音楽については、社会学的観点から接近することが、コミュニケーション学部で諸君には向いていると思います。もし地理学について初歩から勉強したいのなら、個別に対応します。 |
基本的には、年度末のゼミ論(8000字以上)が必須で、それに向けて段階的にプレゼンを進めていくことがおもな課題となります。 |
フレゼミほどではありません。 |
学生諸君の大部分は、独力で学術論文を読む事に慣れていません。また、いきなり論文を書けと言われても、極めて困難です。複数の人間で同じテキストを読み、その内容について議論する事で、独力でなかなか得られない気づきに出会う事が期待されます。 |
基本的なものの見方を確立しなければ、情報の表層しか追えなくなるというのが、私の認識です。何十年も前から言われている議論の前提を知らなければ、最近の現象の背景も何も理解した事になりません。 |
ゼミ論や卒論は完成までに数回のプレゼンを重ねてもらいます。もちろん、その過程では「復習して直してまた発表」を繰り返すことになります。 |
多くの場合、ゼミ論を踏まえて、卒論を書いた方が、負担は軽くなるはずです。ただし、テーマによっては、いったんリセットした方が良い場合もあるかもしれません。 |
ゼミの主題である音楽に関するものは、もちろん大歓迎です。 |
テレビ業界といっても広いですが、各自の課題として業界について調べることを支援していきます。 |
本当に範囲外になってしまう(例えば、生理学の研究とか、高等数学の論証とか)場合はともかく、普通に学部生が取り組みたいと思いそうなことであれば、必要に応じてこちらも勉強して対応します。 |
音楽と関係ないテーマについても、個別には文献の紹介や執筆指導などは対応しています。 |
具体的な研究テーマは、受講者自主的に決めていきます。私自身の具体的な研究については、下の回答を見てください。 |
ゼミの内容については、その成果であるゼミ論や卒論の紹介ページ「山田ゼミ(東京経済大学コミュニケーション学部)」を見てください。 |
テキストは原則としてポピュラー音楽に関するものを選んでいますが、受講生からリクエストがあればその都度検討します。 |
広範囲に地理学や社会学をあげたのは、私の守備範囲をイメージしてもらうためであり、ポピュラー音楽を主題に掲げているのは、より多くの学生諸君に関心をもってもらうためです。かつては主題として、私の一番狭い意味での研究上の専門である、地域メディア論を挙げていましたが、当時はほとんど学生が集まらず、より多くの学生をゼミに集める工夫をしてほしいという学部からの要請を受けて、ポピュラー音楽研究を軸にゼミを運営するようになりました。 |
入ってから勉強すればいいと思います。 |
自分自身を客観的に観察し、何に関心があるか、何をしている時が楽しいか、などを意識できるようにすることかと思います。 |
そういう言い方をすれば、そうなると思います。最初から所属していようと、途中から参加しようと、自力で勉強してもらうことに変わりはありません。 |
個々の知識はどうか分かりませんが、身につけたスキル(情報検索能力、文章力、など)は、自分が関わった事象について広く他者に伝えようとする際に、きっと役に立つと思います。 |
何であれ、知識は広く持っていた方が良いですが、特段要求する前提知識はありません。ただし、ゼミに入ってからはちゃんと勉強してください。 |
一応は音楽に関心があると言って入ってくる人が多いのですが、自分の関心を突き詰めてテーマを選ばせていくと、音楽以外の多様なテーマが出てきます。 |
割合は年次によって大きく変動しますが、他ゼミに落とされて来た人、そもそも最後まで応募の手続きをしそびれていた人などを合わせると、毎年多数派になっています。つまり、最初から山田ゼミを選んだ者は少数になるということです。 |
文献の探し方、文章の書き方から、長文の論文の構成まで、様々な内容を指導しています。 |
とりあえず、K-POPに関する情報に接する機会を増やすよう心がけることと、既に発表されている学術論文を探して、読んでみることが有益であると思います。 |
さすがに、何事にも「全く興味がな」いとつらいですが、何かに興味がある人なら、何とかなるかもしれません。 |
ほとんどがそうだと思います。 |
学生の方が、山田に付き合いきれなくなって他ゼミへ移る、といった面もあるかもしれません。しかし、2年生のゼミ生には、その関心によって他ゼミへ行くことを積極的に進めていますから、それも一因であると思います。 |
授業中に聞く必然性があれば、例えば自分のプレゼンに必要なのであれば、音楽を流してもらって構いません。 |
「気分が楽に出き」るかどうかは、あなた次第です。 |
これはゼミの運営についての質問かと思いますが、厳しいばかりでは困る学生もいるという現実があります。教員の中にも多様な人がいないと、学生も息苦しいでしょう。その意味では、後半の質問の答えはイエスです。 |
きちんとした理由があって、連絡をとってもらえるのであれば、欠席もやむを得ないと考えますが、安易に欠席して良いとしている訳ではありません。 |
これは、ケース・バイ・ケースとしか言いようがありません。例えば、長期療養を要する状態になって、授業には欠席し続けても、常時連絡を絶やさず、指示された課題には応えるといった場合なら、成績はともかく単位を取る可能性は十分出てくると考えます。 |
演習では毎年、(もう古い本ですが)東谷護・編(2003)『ポピュラー音楽へのまなざし』の第1章「ポピュラー音楽の複雑性」を読んでいます。これは、ポピュラー音楽論の前提について述べた文章です。また、過去には年度によって、山田の既発表論文を中心に、受講者の関心に沿って選んだ論文を読んでいます。 |
輪読するテキスト(『ポピュラー音楽へのまなざし』第1章)は、社会学的観点からポピュラー音楽研究をとらえた、原論的論文です。 |
「演習」「卒業研究」ともテキストにはポピュラー音楽関係の論文を取り上げるのが原則です。ただし、参加者から何らかのリクエストがあれば、それ以外を取り上げる場合もあり得ます。 |
山田ゼミでは、武蔵村山キャンパスの研修ハウスを使って4拍5日程度の夏合宿をやります。内容は、ゼミ論、卒論に関する方針や進捗状況のプレゼンテーションが活動の大部分を占めます。基本的には、ひたすらプレゼンと議論をやります。時間の余裕ができればレクリエーション的なことを織り込むこともあります。どんな主題が扱われるかは、参加者次第ということになります。 |
参加人数にもよりますが、日数は概ね4泊5日ほどになります。場所は武蔵村山キャンパスの研修ハウスを予定していますが、ゼミ生が自分たちで決めたいという流れになれば意向は尊重します。 |
普段の生活の中では、授業時間だけをやり過ごせばいいと考え、ついついサボってしまう学生もいるわけですが、これとは状況が異なる環境に身を置き、仲間と長い時間交流する中で、意識を高め、また、議論を通して自分の考えを相対化して磨いていくことが目的となります。 |
合宿の際には、正規の演習の時間以外にもゼミ生同士で議論したりして内容を高め合う機会が多くなります。特別に難しいことをやったりするわけではありませんが、普段の授業より、濃密な時間の過ごし方になります。また、合宿に参加しなかった者には、原則として2期の早い時期に授業でプレゼンをしてもらうことになりますが、合宿不参加の者は、かなりの確率でその機会を欠席してしまい、結果的にドロップアウトしてしまう傾向があります。なお、東京経済大学の部活動は、「学業優先」を前提としています。その上で、何を優先させるべきかは、学生が自分の責任で判断すべきことです。安易に「部活などどうしてもの用事」などとは考えない方が良いと思います。 |
正直にいえば、夏合宿をやらなければ、前期でさぼってしまった諸君を救済できないから、というのが大きな理由です。 |
とりあえず、業績は可能なかぎりウェブ上で公開しています。「山田晴通・業績一覧」を見てください。機関リポジトリなどで、ネット上で読める論文も多数あります。 |
ポピュラー音楽は、20世紀以降の現代社会が生み出した文化現象ですが、あらゆる文化現象は、社会経済的な基盤というか、土台の上に成り立っていますし、音楽はメディアによって地理的障壁を超える現象でありながら、特定のスタイルが特定の地域の特性と深く結びついていることはよくあります。私の中では、二つの分野を無理やり結びつけることはしていませんが、両者は緩やかにつながっていると考えています。学生への指導の局面でも、そのような前提で臨んでいます。 |
また、複数の分野に関わっている中では、複数の分野が自然に結びつくような論文が生まれることもありますし、もっぱら特定の一分野にとどまる論文も書いています。無理やり結びつけるということはしていません。 |
地域の独自の習慣、祭礼、言語、組織(メディアなど)などを挙げられるでしょう。 |
ぜひ具体的な事例に基づいて、研究してみてください。 |
わかりやすい例でいえば、日本の様々な地域で取り組まれているサンバ・カーニバルなどの取り組みが挙げられると思います。地域文化の中には、何らかの形で保護しなければ失われてしまうものも多くあります。もちろんそのまま歴史の闇に消えていく地域文化も多い訳ですが、誰かが保護を主張し、それが広く地域社会に受け入れられる地域文化は、地域のアイデンティティに直結する象徴的存在として重要視されることが多くあります。 |
一般的には、担い手の再生産に組織的に取り組むことが必要になります。子どもなど、次世代の育成が鍵となってくる取り組みです。 |
起源について諸説があり、疑わしい言説も流布していたのに、誰も真剣に取り上げていなかったからです。 |
頑張って勉強してください。 |
ポピュラー音楽を社会的な広がりをもった文化現象として捉え、それに関して社会学を中心に様々な角度かあら検討を加える営為がポピュラー音楽研究です。具体的な内容は、多岐にわたります。 |
音楽に関して専門としているのはポピュラー音楽、特に日本におけるフォークソングの受容の歴史です。 |
もちろん最初のきっかけは、ポピュラー音楽を好んで聴いていたからでした。 |
少なくとも私がこの分野に関わり始めた今から40年ほど前には、真剣にポピュラー音楽について論じる人はまだまだ少なかったので、取り組むこと自体が変わり者のやることでした。 |
詳しいことは、テキストとして取り上げる文献(東谷・編、2003)の第1章で言及しています。とりあえず、20世紀以降に新たに成立した、商業主義的背景をもった音楽の総称がポピュラー音楽だと考えてみてください。それを対象に、様々な学問分野の知見や理論を動員しながら、検討を重ね、課題を解明していくのが学術的研究ということです。そこでは、単なる思いつきや感想を文章にするのではなく、具体的な事実に基づく論述の積み重ねが求められます。 |
音楽学、社会学、文学、人類学など、多数あります。 |
音楽関係の展示施設について、また、日本のフォークソングについては、それぞれ数本の論文を書いています。 |
ポピュラー音楽の中で特に何かに集中しているわけではありません。また、受講者の希望があれば、それを尊重するようにしています。 |
ラップやEDMなどの音楽もポピュラー音楽の定義に当てはまると思います。 |
狭義の音楽学を学ぶわけではありません。そういう方面に関心の重点がある人も歓迎しますが、共通して読むテキストの内容は社会学的なものにしています、 |
19世紀以前に様式が確立し、それを支える社会制度が整備された音楽や、20世紀以降に生まれた音楽でも商業的成功(「売れる」こと)を目的としないで制作された音楽は、ポピュラー音楽とは言い難いです。 |
「マイナー音楽」という用語は、術語としては使わないように思います。 |
十分可能でしょう。メディアの中におけるポピュラー音楽の機能などについて、自主的に課題を見つけて取り組んでみてはいかがでしょうか。 |
ボーカロイドについては、ゼミ生でゼミ論を書いた人がいて、こちらもいろいろ勉強しました。自分でも面白いと思うボカロ曲もありますが、自分では歌えない人にも、手軽に楽曲を手掛けさせるツールとして面白いものだと思っています。 |
そういう切り口もあると思います。 |
いずれのアプローチもあり得ると思います。 |
もちろん入ります。 |
一口に「昔の音楽」といってもケース・バイ・ケースで、音楽のスタイルによって答えは異なってくるように思います。 |
そういう側面もあると思いますが、ポピュラー音楽に関する限り、技術革新が反映されて、どんどんまったく新しい形態の音楽が生まれてくるという面も重要です。 |
そんなことはないと思います。 |
無くても大丈夫ですが、あるに越したことはありません。 |
不利なことはないと思います。クラシック音楽への関心であれ、何であれ、少しでも音楽に関心があれば、有利なことはいろいろありそうです。 |
広く大衆に支持されるのが、ポピュラー音楽の一つの側面です。特定の階層に訴求するのではなく、不特定の大衆に訴求するものだと思います。 |
「昔の曲」というのがいつ頃のどんな楽曲をイメージしているのか判らないと、お答えしようのない質問です。 |
「人気」の物差しをどうするか、判断が難しいですね。 |
普段から、CiNiiの検索などで、心理学系の音楽論文を探したり、国立音楽大学附属図書館へ出かけて関連する図書を探したり、いろいろできることはあると思います。 |
高校生の段階で音楽活動で「大成」するというのは、天才的な人では十分にあり得ると思います。ただし、そういう人は、生き延びて、より大きな境地に達するように思います。宇多田ヒカルとかの例を考えてみてください。 |
タワーレコードの標語に「NO MUSIC, NO LIFE」とあるように、あるいは、夏目漱石の『草枕』の冒頭で「あらゆる芸術の士は人の世を長閑にし、人の心を豊かにするが故に尊たっとい」とあるように、音楽は人間が人間らしく生きていく上で重要な役割を果たしているものです。とりわけポピュラー音楽は社会的な広がりの中で、人々の負の情念を浄化し、社会を安定化させる上で大きな役割を果たしていると私は考えています。 |
正直、最近の最新の音楽はあまり聴いていませんし、積極的に推したいものは特にありません。若い諸君に聞いてほしい、薦めたい音楽としては、1960年代のアメリカ合衆国や日本のフォークソングがあります。 |
自分が若かった頃に聞いていた音楽は、今もよく聴いています。具体的には、日本のフォークソング、イギリスのハードロック、プログレッシブロック、テクノポップなどです。 |
個別指導が必要になると思いますが、学べる機会は十分に提供できると思います。 |
大都市、中核都市の高層化、機能集中が進み、地方の都市周辺部などは人口や経済活動という意味では衰退していくことが予想されます。それを社会にとってより良い形に収められるかどうかは皆さんの世代にかかっていると思います。 |
人文地理学、特に、文化地理学、社会地理学などに関心がある方には向いていると思います。 |
履修上、無理がなければそうした方が良いでしょう。 |
大衆文化(マス・カルチャー)は、特に20世紀以降においては、マス・メディアによって伝達され、普及が進められるメディア文化であり、メディア社会学科で研究されるテーマのど真ん中にある課題だと思います。 |
特に、メディア論や都市社会学に関心がある方には向いていると思います。 |
現に自分が生きている社会について、いろいろな気づきがあるところ、様々な問題を、自分ごととして考える契機を与えてくれるところ、などだと思います。 |
1995年の時点で研究室サイトを作ったのは、当時はそれが有効な表現手段になると考えたからです。その後、ブログやSNSが登場してきましたが、乗り換えそびれてしまい、今頃になってFacebookをやっているということになります。サイトを作った目的は、質問にもある言葉で言えば「コミュニケーションの促進」が一番近いと思います。 |
研究室に独自のサーバがあり、時々その内容を更新して拡充しているということです。もちろん、更新が間に合っていない、廃墟と化しているページも多々あります。 |
作ったのは、自前の情報メディアを持てるからでした。特にインターネットの初期段階では、全く知らない人からサイトの内容を見ていろいろ問い合わせを受けるといった経験もしました。 |
考えたこともありませんが、膨大なものだとおもいます。 |
忘れたころに少しずつ更新されるでしょう。 |
独自の検索エンジンを搭載してはいません。 |
考現代においては、独自サーバにこだわる必要はないかと思います。ウェブサイトを運営する上で避けて通れないのはセキュリティの問題です。自分で技術的なことが分からなくても、誰か信頼できる技術に通じた人の協力を確保することは必須であると思います。 |
若い頃から「変わってるね」とよく言われましたし、確かに暗黙のうちに約束事になっているような社会的規範などに対する感覚が、多数の人々とは異なっているように自分でも思っていました。幸い、無闇に多数派に反発するような事にはならず、変わり者でいることが許容されるような進路を選べた(「変わり者」であることがあまり問題とされない研究者の道に進めた)ので、厳しいストレスを抱えるということはあまりなかったように記憶しています。その分、自分が意識しないところで、周りには迷惑をかけてきたのかもしれません。 |
私は結構な頻度で、警官に職務質問されています。ならせば数年に数回、つまり、毎年そういうことがあるわけでもないのですが、年によっては複数回そういうことがある年もあり、今年はまだ半年も経っていないのに2回も職務質問されました。よほど不審者に見えるらしいです。 |
例えば、比較的混んだ電車の中で、自分の両隣だけ人が座ろうとしない時、とかです。 |
ゼミ生に「変わり者」が「多い」とは思いませんが、それぞれちょっと変わったところはもっているようにも思います。 |
記憶に残っている本当にクセの強かった、一番の「変わり者」のゼミ生は、何度もオフィスアワーにやってきて熱心にいろんなことを訊くのでこちらも手を抜かずに応じていたら、翌年からゼミ生になってくれ、ゼミにも熱心に来ていた学生でした。しかし、実はほとんど、単位が取れておらず、結局は中退してしまいました。話はよくするし、地頭は良い感じで、ボードゲームに長けていました。しかし、発言のタイミングや内容が少なからずエキセントリックで、周りの学生たちは少し距離を置いていました。 |
もちろん大丈夫です。 |
それは、あなた次第ということでしょう。 |
自分では自覚がなくても、他者から「変わり者」扱いされる人は、社会の多数派から見て少数派の変わり者なのだと思います。 |
多数派と異なる行動習慣をもっていて、それを曲げない人、といった感じでしょうか。それを受け入れ、前向きに生きるためには、工夫というか、自分としっかり向き合って、自分の人生を生きる覚悟のようなものをもつことが大切かと思います。 |
変わり者は、付き合ってみて面白い人が多いからだと思います。 |
周りから変人と認めてもらえれば、自分の本性に対して素直でいられる分、自由でいられます。子どものように「王様は裸だ」と言う自由ももてるところは長所だと思います。 |
ウィキペディアについては、自覚している変化はないと思います。 |
ウィキペディアを活用すべき局面、そうではない局面については、ネット上で公開している「レポートにおける Wikipedia の利用について」というページを見てください。演習などを含め、様々な授業でウィキペディアを利用していますし、授業で利用できるように必要な編集も事前に施しています。 |
いろいろな局面で活用していますが、例えば、テキストの輪読やプレゼンの過程で、難しい概念の説明を求めたりする際に、利用することがあります。 |
大学院生だった頃、平凡社の百科事典の仕事を垣間見るアルバイトをしたことがあり、百科事典には興味があったのですが、ウィぺディアの存在を知り、そのコンセプトに共鳴したので、編集を手がけるようになりました。 |
「3%」ではなく「3パーミル」つまり、「千分の3」です。ウィキペディアで記事を書くのに必要な知識は、検索によって得られます。しかし、単なるまとめサイトではなく事典らしい記事を書くためには、大学で学んだり、読書を通じて得た基礎知識が大切だと思います。 |
そうとは限りません。初版を作成した記事の一覧は「 |
初版を作成した記事の一覧は「 |
研究分野と密接に関連している記事もあれば、全く関係のない記事も手掛けています。 |
何の記事についての質問か分からないので、お答えのしようがありません。 |
人物記事については、あまり苦労した記憶はないのですが、強いてあげれば「ダニエル・インボデン」のように、まとまった評伝がなく、なおかつあちこちに関係する記述が散在しているようなケースでしょうか。 |
ウィキペディアの編集は誰でも、すぐにでもできます。試験などはありません。 |
記事を削除したり、一部分を見えなくする、といった作業が必要な場合に、他の利用者たちの合意が成立したことを受けて、実際に操作をするのが管理者の役割でした。ウィキペディア日本語版にある「管理者 (ウィキペディア)」という記事も見てください。 |
最初に自分の記事を見たときは、不思議な感じもしました。しかし、大学の教員というのは、いわゆる有名人ではなくとも、半ば公人としての側面がありますから、大した研究者でなくても情報公開される面は多いのだと思います。事実と異なる記述があった場合は、その都度、ノートページなどで問題点を指摘していますし、しかるべく対処されてきたので、特に何か感情をもっているということはありません。間違いの訂正などは淡々とやっています。いちいち怒ったりするほどやわではありません。 |
ウィキペディアのあり方についての私の基本的認識は、「ウィキペディアとアカデミズムの間」を見てください。 |
もともとFacebookは長いこと開店休業状態だったのですが、ある知人が日記をあげているのを見て、自分もやってみようと思い立ったのがきっかけです。ただし、そう思ったときには学部長職にいたので、迂闊なことは書けないと思い、退任が近づくのを待って日記を始めました。 |
Facebookについては、特段の理由も経緯もありません。 |
雑談などで他人に喋って差し支えない内容は、いちいち何度も同じ話をするのが面倒なのでFacebookに上げるようになりました。本当のプライバシーは、いっさいネット上にはありません。 |
とりあえず、特に良いことがあるわけでもありません。しかし、親しい人やさほどでもない人が、私の生活を少しのぞいた気になって息抜きにしてくれるなら、誰かの役には立っているのかもしれません。 |
「娯楽」といえばそうなのかもしれませんね。例えば、Facebookの場合、本来の趣旨である同窓会的な人のつながりの維持というか、可視化が、大きな動機です。 |
「SNSの今後の危険性」というのが、いまひとつ意味不明です。別の機会に質問し直してください。 |
メリットとしては、久しく会っていない古い知人とコンタクトできるようになることがあります。 |
学生との会話から学ぶことはいろいろあり、若手のアーティストの話などもそうですが、興味をもってのめりこんでいくといったことはあまりありません。 |
できれば事前にアピールした上で、前の方に座ってください。 |
研究テーマではなく、個人的に今一番興味があるのは、Facebookを通したコミュニケーションかと思います。 |
話をしに来てください。 |
東大の院生をやめた後、9年間は松商学園短期大学(現在の松本大学松商短期大学部)という地方短大の教員をしていました。その頃、新しく作られる東経大のコミュニケーション学部に呼ばれて移ってきました。幸運な転職であったと今でも思っています。 |
いろいろありますが、やはり数学には苦労しました。 |
「今日」がいつか特定してもらわないと答えようがないです。 |
ウェブサイトの構築については、情報システム課のヘルプデスクや学習センターに相談してください。 |
流行は、それにどっぷりつかった若い消費者が、やがて流行を仕掛ける側に回り、リバイバルするといった側面があります。 |
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