翻訳:2006:
バートン・クレイン(平島高文・山田晴通 訳)
日本、ハリウッドへ向かう[1930年代半ばの日本の映画事情].
コミュニケーション科学(東京経済大学),24,pp.229-236.
原著 Crane, Burton (1936): Japan goes Hollywood. Cue, 5-4, pp.6-7,37.


 翻訳については、著作権等に配慮し訳文は掲出しておりません。
 ここでは、訳者=山田=による解題と、関連リンク集を公開します。
 (2006.04.08.)

日本、ハリウッドへ向かう[1930年代半ばの日本の映画事情]

バートン・クレイン      

(平島高文・山田 晴通 訳)    


訳者解題

 ここに訳出する資料は、本誌17号(2002年11月)掲載の拙稿「バートン・クレーン覚書」で取り上げたバートン・クレイン(Burton Crane, 1901-1963)が、1936年に米国の雑誌『Cue』5巻4号(1936年11月21日)に「Japan goes Hollywood」と題して発表した、日本の映画事情についての記事である。この記事は、クレインが最初の日本滞在を終え、妻子を東京に残して単身帰国した直後に発表されており、おそらくは帰国直後に執筆されたものと推定される。原文は3ページ分(pp.6-7,p.37)あり、見開きとなる最初の2ページ分には榎本健一(1904-1970)と高杉早苗(1918-1995)を「日本で最も人気がある国産スター」と紹介し「榎本と高杉は日本映画のハリウッド化を体現している」とするキャプションとともに、映画作品からと覚しき写真4点も掲載されている。
 記事の後半では、榎本健一に対する賞賛の記述が見えるが、榎本の著書『エノケンの泣き笑い人生』(1947年)には、クレインのこの記事の訳文を読んで感激したことが率直に綴られている。そこで榎本は、「...と云ふように、私自身を過分に讃めちぎつてゐるのであるが、私はここに國境越をへた[ママ]酒友の愛情をしみじみと汲み取ることが出來たのである」(p.71)と述べ、さらに「これは單に酒友であり[ママ]私にだけ向けられた愛情ではなく,日本全體に向けられたバートンさんの愛情の一つの表現であると,當時の私は解釋してゐたのである」(p.72)とも述べている。
 この訳稿は、榎本健一の研究をされている平島氏が2001年に私的に訳出されたものを下敷きに、山田が手を加え、訳注を整えたものである。原文には注記はなく、以下の注記はすべて訳注である。また表題の[ ]の部分も、検索の便宜を考慮した、訳者による補足である。
 クレインの著作権は消滅していない。本件の翻訳については、クレインの一人娘であり権利継承者であるシルビア・クレイン・アイゼンロールさんから許諾をいただいた(2004年5月13日付書簡)。こうした手続きを含め、2004年の夏には訳稿がほぼ完成していたのだが、山田の不手際から発表が遅れてしまった。これについては、平島氏はじめ翻訳にご協力をいただいた方々にお詫びを申し上げておきたい。

(山田晴通)



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