雑誌論文(その他):1992:

「小規模紙」からみる新聞経営.

新聞経営(日本新聞協会),120,pp35〜38.


 この文章は、日本新聞協会の季刊誌『新聞経営』120号の特集「明日の新聞経営を考える」に寄せたものである。
 文中で、「夕刊フジ」などの事業規模を従業員数で計ればどの程度の地域紙に匹敵するかと述べている部分について、この文章の発表後、「夕刊フジ」から新聞協会編集部に、同紙の発行部数について不適切な表現をしているという主旨の抗議が寄せられた。ちゃんと読んで頂ければ誤解はないと信じるが、ここでの論述は、「夕刊フジ」や「日刊ゲンダイ」の発行部数が2〜8万部だと主張しているのではない。これらの都市型夕刊紙の発行部数がどれくらいかは判らないが、何人の従業員を雇用できているかという物差しで測るビジネスの規模としては、発行部数2〜8万部程度の地域紙と同じようなものだと、公開された資料に示された従業員数のデータに基づいて論じているのである。
 その後、バブル後の平成不況が深刻化していくなかで、さらに数紙の「小規模紙」が消えていったが、そうした経緯については、1998年に日本新聞協会の『新聞研究』569号に寄せた別稿を参照して頂きたい。
 なお、文中の表は、主旨が変わらない範囲で、HTMLのTABLE機能で表現しやすい形に書き直している。
(1998.12.12.記)
「小規模紙」からみる新聞経営.
△小規模紙とは何か
△普及率で大きく異なる地域紙の経営課題
△第2県紙と都市型夕刊紙の戦略
△尊敬される新聞づくりを


「小規模紙」からみる新聞経営.

 本稿の課題は、新聞界において通例「小規模紙」とされる規模に焦点を合わせ、その経営的諸課題を整理することにある。小規模紙は、新聞経営に関する議論の中でも語られることが余り多くない。バブル崩壊以降の不況の中で、新聞経営をめぐる新たな議論の機運があるが、そこでも小規模紙の話題はほとんどない。しかし、実際に最も深刻に不況の波を受け、経営上の困難に陥る危険が大きいのは、小規模紙なのではなかろうか。
 企業経営の目的は、単なる利潤追求ではない。より本質的な経営目的は、事業の永続にある。昨年から今年にかけて「関西新聞」、「東京タイムズ」、「フクニチ」と、新聞協会加盟紙3紙が事実上廃刊した。これらはどれも小規模紙である。もちろん、3紙が倒れた事情は一様ではない。本業と無関係に倒された例もあれば、矢尽き刀折れた例もある。雇用が一応確保された例もあれば、厳しい例もある。いずれにせよ新聞がなくなった以上、経営的には間違いなく敗北である。これが大規模紙なら、かつての「東京新聞」や「毎日新聞」のように何らかの救済策がとられ、発行だけは継続できたかもしれない。小規模紙は経営危機が事業の存亡に直結する。昨今の状況の中で、小規模紙経営をめぐる諸問題の再考は切実な課題なのである。

△小規模紙とは何か

 ひとくちに「小規模紙」といっても、その形態は様々である。ここでは、一般的な内容の日刊紙(週6回刊以上)で、発行部数が実数で10万部未満を「小規模紙」とみたい。もちろん、これは一つの目安でしかないし、部数は多くても企業実態は小規模紙といった感じの企業もある。そこでまず、『日本新聞年鑑』(1992年版)の記載をもとに、ABC部数で10万部未満、公称部数で15万部未満か部数記載がない一般紙を第I群(狭義の小規模紙)、次いでABC部数で15万部未満、公称部数で20万部未満を第II群(小規模紙とみなせる新聞)として数えたところ、第I群に33紙、第II群に5紙が該当した(別表)。

新聞協会加盟紙のなかの「小規模紙」
      類型
発行部数   
1県1紙
体制下の県紙
その他の「県紙」
(第2「県紙」)
都市型
夕刊紙類
地域紙


ABC10万部未満 鹿児島新報 十勝毎日新聞
デーリー東北
南海日日新聞
公称15万部未満茨城新聞
埼玉新聞
千葉日報
日刊福井
奈良新聞
オカニチ
名古屋タイムズ釧路新聞 苫小牧民報
室蘭民報 石巻新聞
荘内日報 北羽新報
米澤新聞 長野日報
東愛知新聞 紀伊民報
宇部時報 八重山毎日新聞
記載なし伊勢新聞栃木新聞内外タイムス
大阪新聞
大阪日日新聞
新大阪
岩手日日 陸奥新報
常陽新聞 山口新聞

II
ABC15万部未満岐阜新聞
佐賀新聞
日本海新聞  
公称20万部未満 北海タイムス
沖縄タイムス
  

 このうち第I群には、県域よりも狭い範囲を対象とする地域紙が19紙、大都市部の夕刊紙類5紙が含まれている。この種の新聞には新聞協会未加盟紙が多く、ここに示された紙数に余り意味はない。ただし、地域紙に関しては、協会加盟紙はその最も有力な部分と考えてよい。未加盟紙にも5万部前後の有力地域紙はあるが、ABC部数で10万部近い「デーリー東北」、7万部強の「十勝毎日新聞」は、わが国最大級の地域紙に間違いない。
 一方、都市型夕刊紙類は、概して経営実態が不透明で、最も有力な「夕刊フジ」(産経新聞社発行)や、事実上の夕刊紙ながら「日刊雑誌」と称し協会未加盟の『日刊ゲンダイ』も含め、外部からは部数の把握も困難である。しかし、従業員数(特に編集部門)などから推測すると、こうした都市型夕刊紙類の事業規模は、2万部程度から、多くても8万部程度の地域紙に準じると考えられる。なお、1県1紙体制下のブロック紙「大阪新聞」は、性格が全く変わり、朝刊紙ながら夕刊紙的存在となっているので、ここに含めておく。
 第I群から地域紙と都市型夕刊紙を除いた残りの9紙、そして第II群の5紙は、県域を対象とした地方紙であり、通常<県紙>と呼ばれる。本来、県紙とは、1県1紙体制下の県紙のことであり、全国紙・ブロック紙の発行拠点であった4都府県(東京、愛知、大阪、福岡)を除く43道府県に1紙ずつあった。このうち6県(千葉、滋賀、和歌山、鳥取、山口、沖縄)の県紙は、現存しない。沖縄では戦争で県紙が断絶したが、他の5県では、戦後になってから県紙の経営が行き詰まり、それぞれの事情の中で県紙が倒れていった。現在、県紙は37紙が存続している(「北海道新聞」を含む)。しかし、このうち「奈良日日新聞」は、公称で20万部を超えてはいるものの、協会には加盟しておらず、小規模紙に準じるものと思われる。協会加盟紙にも小規模紙化した県紙はあり、第I群には3紙、第II群には2紙の県紙が含まれている。
 さて、県紙に準じる形で、戦後に創刊(復刊)された新聞を、ここでは「県紙」と表記したい。「県紙」には、大別すると県紙に対抗する第二の地元紙(「鹿児島新報」など)と、県紙を欠いた県の代表紙(「千葉日報」など、現「日本海」も含む)とがある。県紙/(または、の意)「県紙」が競争する県は、現在7県(県紙対「県紙」=北海道、福島、栃木、福井、岡山、鹿児島:「県紙」対「県紙」=沖縄)あるが、福島と沖縄を除けば競争は伯仲しておらず、県紙と「県紙」の間には明瞭な格差がついている。こうした第2「県紙」は、「福島民友」を除いてすべて第I・II群に含まれている。また、県紙のなくなった5県(沖縄県は除く)のうち千葉と鳥取、県紙が弱体化した奈良には、県紙に代わる「県紙」があるが、これらはすべて第I・II群に含まれている。
 以上の整理は、次の3点に要約される。
  1. 地域紙と都市型夕刊紙類は、協会未加盟紙も含めてすべてが第I群に含まれる。
  2. 「県紙」は、「福島民友」を唯一の例外として、第I・II群に含まれる。
  3. 本来の県紙にも、第I・II群に含まれるものが数紙ある。
逆にみれば、第I・II群に含まれない一般紙は、全国紙・ブロック紙のすべてと、本来の県紙の大部分、そして例外的な「福島民友」ということになる。冒頭では、第I・II群を切り取る境界線の意味を説明しなかったが、第I群は地域紙や都市型夕刊紙類に準じる規模、第II群は経営に不安定な要素を残す県紙/「県紙」の規模として、経験的に導かれる線である。わが国の新聞業界の構造は、1県1紙統制によって決定づけられた。戦後半世紀近い現在も地方紙の世界においてさえ、県紙と、「県紙」や地域紙の間には、厳然たる格差が存在しているのである。
 さて、こうして類型化された小規模紙は、それぞれどんな経営的課題を背負っているのか。以下、地域紙、第2「県紙」および都市型夕刊紙類、県紙/代表紙型「県紙」の3グループについて考えてみることにしたい。


△普及率で大きく異なる地域紙の経営課題

 地域紙は、新聞業界の中で最も規模の小さいグループである。協会加盟紙こそ19紙しかないが、全国的には日刊紙だけで200紙以上がある。地域紙は、もちろん戦前にも存在したが、1県1紙体制下ではほとんどが淘汰された。それが戦後に復活し、地域情報中心に変化を遂げながら各地に根を張ってきた。
 日刊地域紙の分布には、「大都市圏にはほとんどない」、「地方でも県庁所在地にはほとんどない」という顕著な特徴がある。地域紙は、読者の行動圏や交際圏などが狭い範囲で完結する地方で成立し得るメディアであり、人々の活動が広域に拡散する大都市圏では、そもそも成立しない。一方、地方でも、県庁所在地=県紙発行地では、県紙=地元紙という意識が強くあり、また内容的にも県庁所在地周辺の記事は手厚いため、地域紙の入り込む余地は小さい。しかし、県庁所在地以外の主な都市などでは、地元独自の情報回路をもちたいという需要が地元の新聞を支える。戦後の地域紙で経営的に成功した事例は例外なく地域指向を前面に出してこうした需要に応え、自らを併読紙と位置づけながら回覧板的機能を売り物にしてきた。つまり、主読紙とは衝突せず、むしろ機能を補完する存在としてメディアの隙間を埋めてきたのである。
 地域紙の中には、「岡谷市民新聞」(協会未加盟紙)のように地元では世帯普及率が9割を超えるものさえあり、特定地域における普及率では、全国紙や県紙を凌ぐ場合も多い。あくまでも一つの目安だが、地域紙は、その配布地域に関して県紙を上回る「地域一番」の世帯普及率を達成できれば、それは強固な基盤となる。このレベルに達すれば、求人広告や葬儀広告が増やしやすくなるし、それがさらに読者増に結びついていく。
 地域紙の経営上の課題は、こうした「地域一番」普及率に達しているか否かによって、大きく異なっている。既にこれを達成していれば、一層の普及努力とともに、媒体の多様化(無代広告紙など)や地域拡大なども射程にいれた戦略が必要となる。この場合、あくまでも併読紙、地域紙としての拡大戦略をとることが肝要で、中途半端に主読紙を指向すると、販売面で他紙との衝突が厳しくなる。
 一方、「地域一番」普及率に達していない場合には、普及率の向上と広告主の開拓が何よりも課題となる。地域紙の普及拡張は、競争相手からのブランド・スイッチ(銘柄変更)を前提とする主読紙の拡張とはまったく違う。地域の状況に合わせて、読者層を分析し、それを企画記事や読み物に反映させる紙面づくりが求められるし、企業イメージの向上のために、地元に密着したイベントをつくるといった努力の積み上げが必要となる。それと同時に、地元の小さな広告主をどこまで掘り起こせるかも、営業上の大きなポイントである。少数の大スポンサーではなく、地域の多数によって支えられるのが地域紙のあるべき姿であり、また経営基盤の安定でもある。


△第2県紙と都市型夕刊紙の戦略

 競争に水を開けられた第2「県紙」や、都市型夕刊紙類は、地域紙のように依って立つ地域性という武器がない。そこで採り得る戦略は、大きく2分される。一つは一部の第2「県紙」にみられるように、紙面内容的には県紙に準じた体裁を整え、経営面では徹底した経費の節減を図るという、いわゆるフォロワーの戦略である。つまり、(部数拡大を目指すのではなく)現状の位置を前提に、安上がりな新聞づくりを追求するわけである。。
 もう一つは都市型夕刊紙類に典型的なように、紙面内容を大胆に差別化して少数でも強固な支持層を固めようという戦略である。都市型夕刊紙類は、本質的に併読紙であるが、同種の新聞同士の競争も激しく、差別化指向はきわめて強い。しかし、かつての「日刊新愛媛」など、第2「県紙」にもこの方向に進む例はある。紙面差別化のためには、いろいろな意味でセンセーショナリズムが持ち込まれやすく、様々なトラブルが生じもする。
 率直な印象を述べるならば、この種の新聞は、紙面づくりといった正面きって議論される部分よりも、経費管理や(「のれん」を含めた)資産運用といった財務の側面、さらには気前のいいスポンサー探しといった(ある意味では経営外的な)部分に経営=事業存続の最も肝要な部分があるようである。


△尊敬される新聞づくりを

 県紙が第I・II群に含まれる県と、県紙が欠けた県の分布をみると、大都市周辺への集中が著しい。ここで大都市というのは、全国紙・ブロック紙の発行拠点を擁する4都府県(東京、愛知、大阪、福岡)である。もともと、全国紙・ブロック紙との競争において、県紙側の最大の優位点は降版時間の差であった。したがって発行拠点から遠隔地であるほど、県紙は安定した経営基盤が築けた。逆にいえば、大都市周辺の県紙は、全国紙・ブロック紙に対する武器が持てなかったに等しい。しかも大都市周辺では、通勤圏や買い物行動圏など、日常生活圏の広域化が急速に進んでおり、もはや「県」意識は希薄になっている。
 当然ながら、全国紙に匹敵する主読紙として県紙/「県紙」を売ることはきわめて困難になっている。「千葉日報」や「埼玉新聞」は公称部数で世帯普及率が7パーセント程度であり、第I・II群に含まれず小規模紙ではないとした「神奈川新聞」でさえ世帯普及率は8パーセント(ただしABC部数)しかない。このような県紙/「県紙」は、公務員や自営業者など地元の情報を必要とする層と、単純に「安い新聞」を選ぶ層によって支えられている。しかし、長期的な観点に立てば、後者への依存度を下げ、前者の層を厚く積み上げていく経営努力が必要であろう。
 このレベルの県紙/「県紙」にとっては、主読紙として読んでいる読者へ最低限の配慮を怠らないという前提で、併読紙としても評価される紙面づくりを考えることが大きな課題といえるだろう。その意味では、もともと併読紙として成長してきた有力な地域紙などを分析して、紙面づくりや事業のあり方を学ぶことが大きな意義を持つはずである。しかし、県紙=主読紙という意識や体質、同業でも全国紙など大規模紙ばかりに目がいく姿勢は、どの社でも(特に上層部で)根強い。社内の意識改革、モラル活性化が最も強く望まれるのも、このレベルといえそうである。

 新聞業界の底辺を支える草の根の役割を担う小規模紙は、多彩な言論という視点からも重要である。しかし、大半の小規模紙は、脆弱な市場基盤に依拠している。抽象的な表現だが、自らの置かれた市場の可能性、特徴、限界を、経営者が的確に判断できるか否かが小規模紙の経営を大きく左右するようだ。大規模化の幻想を追うのではなく、適正規模での優れた経営を追求すること、儲る新聞だけでなく尊敬される新聞をつくることは、小規模紙に共通する課題といえるだろう。
(やまだ・はるみち)


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