書籍の分担執筆(論文形式のもの):1989:

長野県におけるCATVの普及とその意義.

北村嘉行,寺阪昭信,富田和暁,編著(1989)『情報化社会の地域構造』大明堂,pp.231-242.


 この論文を収録した『情報化社会の地域構造』は,出版社・大明堂の廃業(2004)によって絶版・入手不可能となりました。大明堂の書籍の一部の版権は,原書房に引き継がれましたが,本書はその対象となりませんでした。このため本書の版権は消滅しております。
 著作権にもとづき,山田が担当した第3章(別ぺージ)と第21章(このページ)の全文を掲出します。

 ページ作成に際しては,原文の明らかな誤植を改め,必要な補足を追記しました。訂正・補足した部分は青字としました。また,表などは,html文書で表現しやすい形に改めています。

長野県におけるCATVの普及とその意義.

1.長野県におけるCATVの現況
2.CATV経営の基盤と長野県の立地条件
3.CATVの普及状況と地域の類型化
4.CATV自主放送の普及過程
5.CATV普及による「モア・チャンネル」の意義


参考文献

第21章 長野県におけるCATVの普及とその意義

山 田 晴 通        



1.長野県におけるCATVの現況

 郵政省によると,1988年3月末現在,全国のCATV受信契約者総数はおよそ540万で,総世帯数の約15%,NHK受信世帯数の約17%に相当するという。長野県においては1988年12月現在で,およそ13万のCATV受信契約者がいるものと推定されるが,これは県総世帯数の約21%に相当し,長野県におけるCATVの普及が全国平均を上回ることを示している。これは,盆地や山間部を多く抱える長野県の地形的条件によるものと考えられる。
 しかし,CATVに関する長野県の最大の特徴は,自主放送の普及が著しいことにある。これは,大規模な自主放送局が存在するためであるが,同時に,小規模なCATV局まで自主放送が広がっていることも見逃せない。1988年12月現在,長野県内には14局(15施設,うち届出施設2)の自主放送局があり,このなかにはわが国を代表するCATVとして,しばしば話題となるLCVレイクシティ・ケーブルビジョンやUCV上田ケーブルビジョン,都市型CATVの先駆として1987年6月に開局したINCインフォメーション・ネットワーク・コミュニティなどの大規模施設や,端子数500以下の届出施設でありながら長時間の自主放送を続けている西軽井沢ケーブルビジョン,さらには,農水省などの補助金を得て全戸加入を原則に建設されるMPIS施設の代表例であるAYT朝日村有線テレビが含まれている(表21-1)。
 自主放送を行うCATVの契約者は,全県でおよそ9.6万,県総世帯数の約15%という数値となり,現在のところ全国都道府県のなかでも,山梨県と並んで最も高い普及水準にある。加えて,既存の1施設が自主放送チャンネル開設を準備中であり,また,近い将来にはもう1カ所でMPIS施設が実現する見込みである。さらに,10以上の事業計画者が自主放送の実施を含む事業計画を何らかの形で発表しており,これらを考え合わせると,長野県のCATV自主放送普及率は,まだ当分の間は全国的にも最も高水準の位置にあるものと思われる。
 
表21-1 長野県内の自主放送CATV局
地域
類型
自主放送を行うCATV施設
(略称)<サービスエリア>
契約者数
[従業員数]
開局年月自主放送
開始年月
再送信(テレビ)
N P(域外) U
自主放送時間
 (週当り)
標準的料金
契約/利用
I上田ケーブルビジョン
(UCV)<上田市>
16,560 
[15] 
1972.11.1974.12.4 8(5) 1119時間 契 \54,800
利 \ 1,300
レイクシティ・ケーブルビジョン
(LCV)<諏訪地方一帯>
36,502 
[23] 
1974. 3.1980. 8.3 8(5) 1133時間 契 \45,000
利 \ 1,600
テレビ松本ケーブルビジョン
(TVM)<松本市・塩尻市>
20,574 
[19] 
1975. 7.1983. 4.4 8(5)  84時間 契 \55,000
利 \ 1,500
インフォメーション・ネットワーク
・コミュニティ
(INC)<長野市>
4,442 
[11] 
1987. 6.1987. 6.4 8(5)  3チャンネル
(予定は7)
契 \45,000
利 \ 2,000
II丸子テレビ放送
(MTV)<丸子町>
4,751 
[ 8] 
1977. 2.1979. 4.3 8(5)  70時間 契 \45,000
利 \ 1,500
信州ケーブルビジョン
(SCV)<更埴市周辺>
5,147 
[ 7] 
1979.10.1984. 3.2 8(5)  126時間 契 \45,000
利 \ 1,300
伊那ケーブルビジョン
(ICT)<伊那市>
1,081 
[10] 
1986.10.1988. 4.2 8(5)  119時間 契 \50,000
利 \ 2,000
あづみ野テレビ
(ANC)<南安曇地方一帯>
3,000 
[ 6] 
1988. 9.1988. 9.4 8(5) 197時間 
チャンネルリースは別
契 \48,000
利 \ 2,000
飯田ケーブルテレビ
    <飯田市周辺>
1,021 
[ 8] 
1988.10.1988.10.4 6(3)  7〜8時間 
文字ニュースは別
契 \60,000
利 \ 2,000
III西軽井沢ケーブルビジョン[届出]
(テレビ西軽)<御代田町>
350 
[ 3] 
1985. 1.1985. 1.2 8(5)  72時間 契 \65,800
利 \ 1,500
木曾福島テレビ協会
(TVK)<木曾福島町>
1,220 
[ 2] 
1968. 1.1986.10 .2 7(4)  12時間 契 \40,000
利 \ 800
川上村[MPIS]
1,226 
[ 3] 
1987. 9.1987. 9.3 7(5)  21時間 契 \ 0
利 \ 0
蓼科ケーブルビジョン[届出]
(TCV)<立科町>
499 
[ 3] 
1987. 1.1987.10 .3 8(5)  15〜20時間 契 \68,000
利 \ 2,000
朝日村[MPIS]
(AYT)
1,138 
[ 5] 
1988. 4.1988. 4.4 3(0)  35時間 
気象情報は別
契 \ 0
利 \ 1,000
資料:1988年3月末現在,郵政省資料,ただし届出施設に関するデータ,従業員数は諸資料から集成。開局時期や自主放送関係についても一部は修正した。

2.CATV経営の基盤と長野県の立地条件

 CATV事業は,現在のところ決して収益性の高い事業ではない。むしろ,金にならない,公共性の高い事業である。このため全国のCATV事業者の相当の部分は,補償施設を管理する組合や,財団などの非営利的な法人によって占められている。しかし,このようななかで,長野県では営利企業が非常に良く健闘している。これは,一般的に長野県の置かれている状況が,CATV事業に有利なものであることを示している。
 CATVの施設は,ごく大雑把な議論として,契約者1戸当たり5万円前後から数10万円の資金を,集めなければ成立しないといわれている。補償施設の場合には,補償者がその資金を負担する。MPIS施設ならば,補助金によって,その資金の大部分を賄うことになる。あるいはニュータウンなどの付帯設備として,CATVを敷設するときには,数千万円に上乗せされた10万円前後の金などさして気にならないであろう。しかし,わざわざ自己負担をしてまで,CATVを引くように利用者を説得しなければ,営利企業によるCATV事業は成立しない。
 では,どのようなサービスが利用者の支持を得たのであろうか。CATVが提供するサービスは,大きく分けて次の四つがある。
 (1) 域内再送信……………難視聴対策,鮮明な画像
 (2) 域外再送信……………東京(中京1))波の再送信
 (3) 自主放送………………CATV独自の番組
 (4) 非放送系サービス……自動検針,データ通信等
ただし,現状においては,非放送系サービスはほとんど実験段階を出ていない2)
 域内再送信は,有線テレビジョン法がCATV事業者に義務づけており,捕捉されていない小規模施設の一部を例外として,すべてのCATV局が提供しているサービスである。一方,域外再送信は,放送局の放送区域(電波法・放送法に基づく)の外側へ放送を再送信することで,例えば,東京の放送(通常,関東一円を放送区域とする)を長野県内のCATVが再送信することを意味する。域外再送信を行うには,放送局側から再送信同意を取りつける必要がある3)
 したがって,特定の放送局の域外再送信が可能になるためには,再送信に充分耐える鮮明な画像の取れる受信点が,存在するという地理的・物理的条件と,再送信同意が得られるという,経営的条件の双方が満たされなければならない。長野県は受信点に恵まれていたうえ,民放2局時代が長かったこともあって,再送信同意が得やすい状況にあった。このため域外再送信が当然のサービスとして,各CATV局に普及してきた経緯がある。また,最近では放送衛星によるNHKの衛星放送を再送信するCATV局も増えている。これは域内・域外再送信のいずれにも当てはまらないが,現状では衛星放送の受信システムが高価で,CATVに加入した方が安上がりであるために,衛星放送視聴を主な目的とする加入者も増えている4)
 自主放送の内容の代表的形態には,各CATV局(いわゆるオペレーター)が,自社で制作する自主制作番組と,番組供給会社(いわゆるサプライヤー)が制作して配給する番組とがある。また,一部には東京の準キー局など(テレビ東京・テレビ神奈川5))が,供給する番組が使用されることもある。いずれにせよ,番組単位であちこちから集めたソフトを,構成して自主放送チャンネルを維持している場合が多い。欧米では番組単位ではなく,チャンネルごと供給するチャンネル・サプライヤーが数多く活動しているが,わが国の現状では大都市圏のいわゆる都市型CATVを対象とする,チャンネル・サプライヤーが少数存在するだけである。
 長野県でもUCV・INCに映画専門の「スター・チャンネル」が導入されている程度で,本格的なチャンネル供給事業が展開しているとは言いがたい。この他,通信社や新聞社などの文字情報サービス6)を,独立したチャンネルとして流すこともよくある。長野県ではINCのように独立チャンネルとして文字情報を取り入れている局の他,TVMテレビ松本のように放送開始前や終了後に文字情報を流す例もある。
 さて,上の整理に従えば,域内再送信,域外再送信,自主放送,をCATVの基本的サービスと考えることができる。これらのサービスが利用者からどれだけ評価されるかによって,CATVの経営基盤が左右されるのである。しかし,ごく一部の難視聴地域や,雪害・塩害でアンテナの耐用期間が極端に短かい地域を除けば,普通のアンテナでも視聴できる放送を再送信するだけの域内再送信には,商品価値はない。また,1960年代の先駆的なCATV自主放送の事例の経過をみても,自主放送サービスだけでは大きな価値は認められ難く,経営を支えることは困難である7)。結局,数万円出してもCATV加入に価値がある,と地域住民に納得させたのは,域外再送信サービスであった。
 現在,長野県は民放TV3局体制をとっているが,1980年10月までは2局体制が続いており,東京とのチャンネル数に大きな格差が生じていた。一方,上述のように長野県では東京波の再送信を実施しやすい条件が整っていた。この二つが結びついて,「ナイターが毎日見られる」ことを売物にしたCATVが普及していったのである。

3.CATVの普及状況と地域の類型化

 
表21-2 CATV普及状況による地域類型(1988.12)
地域
類型
世帯数
(概数)
自主放送局既設
(〜1987.3.)
自主放送局新設
(1987.4.〜)
自主放送局
計画中
その他の
主な地域
I4万以上◎上田市
◎諏訪地方一帯
◎松本市・塩尻市
◎長野市[該当なし][該当なし]
II1〜2万◎丸子町
◎更埴市周辺
◎伊那市
◎南安曇地方一帯
◎飯田市周辺
△須坂市
▽中野市周辺
▽小諸市
▽佐久市
▽大町市周辺
・飯山市
 (計画断念)
・臼田町周辺
III5千未満◎木曾福島町
◎御代田町
◎川上村(MPIS)
◎立科町
◎朝日村(MPIS)
☆軽井沢町
△山形村(MPIS)
▽駒ヶ根市
・長谷村
・信州新町
 (MPISを検討)
(注)◎自主放送局,☆自主放送計画中の既存局,△新設予定局,▽計画段階・その他
 長野県内の自主放送CATV局14局のサービスエリアは,市町別にみれば,県下17市のうち10市と,16町6村に及んでいる。14局の本社所在地は7市5町2村にあり,サブ・スタジオ所在地なども含めると9市6町2村からの放送送出が可能である。
 現状において自主放送CATV局のある地域を,ごく粗く市町村の人口(世帯数)規模で分類すると,地域類型I=世帯数4万程度以上,地域類型II=1万弱から2万程度,地域類型III=5,000未満の3グループになる。人口規模が同水準の地域にある施設の間には,経営形態・状態・戦略などの面で共通する要素が認められることが多い。この人口規模別の共通性は,自主放送を準備中の施設のある地域や,計画のある地域にも妥当する可能性が高いものと考えられる。この3類型を県内の市町村に当てはめると,自主放送CATVの有無(ないし成立可能性)は,比較的単純に当該地域の人口規模と対応していることがわかる(表21-2)。
 長野市・松本市・上田市・諏訪湖周辺を,それぞれの核とする長野県下の主な都市的地域においては,全国的にみても大規模な施設が存在している。次いで,これらに続く小都市群においては主要都市の施設に準じるような,施設の計画構想がやや遅れながらさまざまな形で出されている。一方,小さな町では,営利企業としての性格が薄く,何らかの意味で「てづくり」の色彩が強い比較的簡便な施設が存在することがあるし,農村部においては有線放送電話施設の更新策として,CATVの敷設がMPISの導入なども含めて各地で検討されている。

4.CATV自主放送の普及過程

 長野県における「第2世代」CATV施設,ないしは自主放送の普及は,[地域類型I]→[地域類型II]→[地域類型III]と,いわば「階層的」に進んでいく過程を基本としてはいるが,より詳しく検討していくと,同一類型内部での普及のあり方には相当の違いがある。ここではそうした差異をとらえていくことにする。
 1)[地域類型I]への普及
 長野県において,単なる共同受信システムにとどまらない,自主放送サービスも念頭に置いた,いわゆる「第2世代」CATVの先駆となったのは,UCV上田ケーブルビジョンである。1971年,開局はやや遅れることになるLCVレイクシティ・ケーブルビジョンとほぼ同じ時期に,UCVは法人設立をしている。こうした動きの背景には,CATVをめぐる当時のさまざまな状況がかかわっているわけだが,とりわけ重要なのは,1970年のNNS日本ネットワークサービス甲府局の開局,翌年の自主放送実験であろう。NNSは後に経営上の理由もあって一時期自主放送に熱心とはいえなくなるが,当時は大規模施設における自主放送という,新たな可能性に向けて最先端の位置にいた。また,当時の既存CATVの成功事例として,「下田詣で」という言葉さえ生み出していたSHK下田有線テレビ放送は,発足の段階から強烈な使命感をもって自主放送に取り組んていた8)
 UCVの成立と自主放送開始は,同じように受信点とサービス・エリアに恵まれた[地域類型I]の,各地における「第2世代」CATV事業化への動きを刺激した。諏訪地区と松本地区では,LCVとTMCテレビ松本有線放送(現・TVMテレビ松本ケーブルビジョン)が,それぞれ再送信業務を1974〜75年に開始した。しかし,自主放送の開始については,両者ともUCV以上の長い時間がかかった。これには,それぞれの社に独自の事情も含めて,さまざまな解釈・説明が可能であるが,一般論としては先行するUCVのあり方から,自主放送が相当の準備と負担を必要とすることが,改めて明らかになったためであったと思われる。
 諏訪・松本と同様の動きは,当然ながら長野市でもみられた。当時,すでに長野市には,東京波の域外再送信を行う共聴施設も存在していたし,有力企業の間にもCATVへの関心があった。このため,地域一本化へのとりまとめが進まず,時間をかけた調整が行われた。また,一本化のなった後も,慎重な準備作業が行われた。
 2)[地域類型II]への普及
 [地域類型I]に比べ条件の劣る[地域類型II]のなかで,最も早くCATVに取り組んだのは,上田市に隣接する丸子町であった。MTV丸子テレビは,最終的には株式会社組織となったものの,その成立過程においては地域行政機構が普及推進に大きな力となった。サービス・エリアの規模においては,やや不利な丸子町が[地域類型II]の先陣を切った背景には,上田市という先進地域に隣接していたことと,コミュニティー・メディアとしてのCATVに対するニーズがあり,町をあげての取り組みがみられたことがあったのである。
 MTVの成功はCATV事業の[地域類型II]における可能性を明らかにした。これを契機として,[地域類型II]の各地で事業化への動きは活発になった。SCV信州ケーブルビジョンも,開局に先立ってMTVへの人材派遣・ノウハウの吸収を行った。また,SCVの場合も,UCVやMTVのエリアと隣接していることが,事業化への主な動機の一つになっていた。
 3)[地域類型III]への普及
 [地域類型III]におけるCATV事業には資金集めから始まってさまざまな困難が伴う。TVKテレビ木曾福島は共聴施設の付帯的サービスとして,可能な範囲での自主放送を行うために,ボランティア活動の導入などの工夫をして放送を維持している。そうまでして自主放送に踏み切った要因として,長野県におけるCATV自主放送の普及があることはいうまでもない。いろいろと問題を抱えながらも,TVKに続いて幾つかの共聴施設が自主放送の開始に向けて準備を進めている。
 西軽井沢ケーブルビジョンは株式会社組織ではあるが,社長の個人経営的色彩が強い。この人物は県内のCATVの動きとは無関係なところから,CATV事業への関心をもち,岡山県の津山放送9)で経験を積んで,経営や番組制作のノウハウを得ている。また同社は,社長の個人的資産との関係で,資金運用の面では恵まれている。西軽井沢ケーブルビジョンには,独特の自主放送番組制作スタイルがあり,これが今後どのように展開していくのか,採算性の問題も含めて注目されるところである。
 MPIS施設の導入についても,さまざまな視点からの議論が可能であるが,特に注目されるのは有線放送電話との関係である。長野県は,いわゆる公社電話の普及後も有線放送電話システムを維持し,農村内の広報活動などに活用しているところが多い10)。近年に至り,これらのシステムは老朽化が進み,更新を必要とするようになってきている。そうした段階において,有線放送電話にわる施設として,CATVが構想されるケースがでてくるわけである。実際,自主財源に恵まれた諏訪郡富士見町は,MPISによらず施設を構築し,LCVに結びつけるという形でCATV導入を行っているが,ここでもきっかけとなったのは有線放送電話の更新であった。MPISについては,施設の設置後の問題,特に自主放送の運営の問題が大きな課題であろう。さらに,現在のところあまり積極的には認められていないMPIS施設を利用した域外再送信が将来可能になり,隣接する先発CATVのシステムとの接続なども実現可能となってくれば,インフラストラクチャー整備策としてのMPISの意義は,一層大きくなることであろう。

5.CATV普及による「モア・チャンネル」の意義

 CATVの出現が,視聴者の意識や地域社会のコミュニケーション構造に,どのようなインパクトを与えるかという問題に関しては,すでにさまざまな調査報告が提出されている。しかし,主として社会学・社会心理学から行われてきた研究をみる限り,かつてテレビの出現が与えたインパクトに比べれば,CATVのインパクトは小さく,既存の分析手法ではCATVの影響を客観的に,あるいは定量的に立証することは難しいようである。しかし,実際にCATVの運営に当たっている関係者や視聴者の多くは,CATVが視聴者や地域社会にさまざまな影響を与えていることを,経験的事実として語っている。現状においては,そうして定性的な記述の蓄積に一定の意義を求めていくべきであろう。
 ところで,CATVの意義を巡る従来の議論は,主として自主放送,とりわけ自主制作番組の意義や地域社会における可能性について論じられてきた。つまり,「CATV=地域メディア」という枠組みのなかでの議論が,盛んになされてきたのである。しかし,その陰で,域外再送信の意義については,比較的限られた関心しか向けられなかったようである11)
 上述のように,長野県の諸事例を始め,地方都市においては域外再送信の魅力に引かれて,CATVに加入した世帯の比率が大きい,また,公表されているデータはないものの,実際に視聴されている割合からいけば自主放送チャンネルよりも,東京(中京)波や衛星放送の方がはるかによく利用されているものと考えられる。
 CATVへの加入によって長野県の視聴者が手に入れたのは,自主放送と域外再送信による東京の放送であった。一般にチャンネル数の増加は「モア・チャンネル」と呼ばれるが,それが視聴者に与える影響は,都市型CATVのような自主放送チャンネルの複数化を中心にした,「モア・チャンネル」とはおのずから異質なものとなっている。後者は,「テレビ=マス・メディア」にとらえきれないメディア,専門性が高く特化した内容をもち,より少数者を対象とするオルタナティブ・メディア,として増加分のチャンネル(自主放送)を供給する。
 これに対し前者は,「よりテレビらしいテレビ=東京のテレビ=マス・メディア」が増加することを意味している。長野県の場合に典型的なように,地方都市におけるCATVのモア・チャンネル化は,より洗練された東京のマス・メディアへの接近が容易になることを意味しているのである12)
 さらに衛星放送をめぐる昨今の状況は,例えば,諏訪でCATVを介して衛星放送にアクセスできる世帯の方が,東京でパラボラを設置して衛星放送を,受信している世帯の比率より高いといった事態を生みだしている。つまり,ことテレビに関する限り,同じ金額を支払って視聴できるチャンネルの選択肢は諏訪の方が多い,といった事態もあり得るのである。もちろん,普通のテレビしか見ないというレベルでは,東京の方が優っているわけであるが,地方都市にあっても,ある程度の出費さえ覚悟すれば,CATVによって東京の一般世帯以上のチャンネルに接することができる,という事実は重要である。
 CATV自主放送の地域メディアとしての意義については,ここでは改めて論じない。実際の番組制作現場における困難や限界からくる番組内容の不充分な点などが少なくないことは事実としても,それぞれのCATV局の自主制作番組は,各地域でそれなりの役割を果たしている。しかし,その一方で,CATVが中央から地方への情報流のパイプとして,機能している事実も無視されてはならない。特に今後,欧米的なチャンネル供給事業を育成する方向に,わが国の放送行政が進むとすれば,情報のインフラストラクチャーとしてのCATVの意義は,一層拡大していくことになるはずである。




1)TVKテレビ木曾福島のみ,中京波の再送信を行っている。
2)県内では,LCVがこうした実験に積極的に取り組んでいる。
3)地方民放の整備が早かった新潟県では,テレビ東京以外の再送信同意は得られない状況にある。
4)ただし,現状ではCATVを介した場合Bモードは使用できない。
5)例えば,TVMはテレビ神奈川の『新車情報』を放映している。
6)長野県では,読売新聞のSUMMITを導入している局が多い。
7)初期のCATV自主放送については荒牧(1970),柳井(1975),山田(1988)などを参照。
8)SHKについては放送ジャーナル社(1972)を参照。
9)津山放送については井上・多喜(1981)を参照。
10)長野県の有線放送電話については,東京大学新聞研究所(1981,pp.105〜131)を参照。
11)例えば,柳井(1975,p.52)は,「ただ再送信のみを行なっている事業体は…(中略)…新しいメディアとしての意味をそこに見出すことはできない」と述べている。
12)この場合,テレビCMも重要な要素である。「東京のテレビはCMからして違う」という感想はしばしば耳にする。

参考文献


このページのはじめにもどる
テキスト公開にもどる
山田晴通・業績一覧にもどる   

山田晴通研究室にもどる    CAMP Projectへゆく