シンポジウム報告:2004:3/26:
シンポジウムの趣旨について.
東京経済大学・2003年度国際シンポジウム「ジェンダー・メディア・都市空間」(東京経済大学)
第三セッション報告:ビデオ・クリップにみる都市の中の女性の場所.
シンポジウムの趣旨について.
(読み上げ原稿)
おはようございます。私は、このシンポジウムを企画いたしました、東京経済大学コミュニケーション学部の山田晴通でございます。本日は、東京経済大学主催、国際シンポジウム「ジェンダー・メディア・都市空間」にお運びいただき、まことにありがとうございました。
(以下、当日の天候等を踏まえた、挨拶)
通常、こうした行事の際には、学長など、然るべき役職者が学外からの登壇者の皆様、また、参加者の皆様を歓迎する御挨拶をするのが通例でございますが、今回のシンポジウムは年度末の週末というタイミングで行われることもあり、大学を代表してそうした御挨拶をするべき役職者が、学長、理事長、学術研究センター長をはじめ、いずれも用務でこちらへ参ることができない状況であります。まず、この点につきまして、このシンポジウムの企画者といたしまして、皆様に深くおわびを申し上げるところです。
大学関係者にとりまして、年度末は、様々な形で多忙な時期ではございますが、なぜこのような時期に国際シンポジウムを開催することとなったのか、背景を少しご紹介させていただきます。今回のシンポジウムは、日本地理学会(Accociation of Japanese Geographers)2004年度春季学術大会が、東京経済大学を会場として開催されることを受け、これと連動する形で企画されたものです。厳密に申しますと、本日から、実質的には明日から二日間、東京経済大学を会場といたしまして日本地理学会の春季大会が開催されます。日本地理学会は、自然科学分野から社会科学、人文諸学に至る広がりを持った「地理学」のもっとも総合的な学会として三千名をこえる会員を擁する学会です。例年この時期に、東京近郊で春季学術大会を開催し、秋には、他の地方で秋季学術大会を開催しております。今年は9月25〜26日に広島大学で秋季大会が予定されています。日本地理学会では、一般の研究発表等が行われる前日の金曜日に、会場校が独自企画で関連行事を行うことが半ば慣例化しております。
今回、東京経済大学で日本地理学会の大会を開催するにあたり、いろいろな関係者の方々からご理解とご協力をいただき、東京経済大学学術研究センター主催により、このシンポジウムが開催されることとなりました。実は、東京経済大学には地理学教室はございません。私は日本地理学会の会員ですが、本学では1995年に開設されたコミュニケーション学部に所属する、コミュニケーション学関係の教員として働いております。私自身の研究歴をご存じの方が、この会場にどれくらいいらっしゃるかは心もとないのですが、これまでの私の研究関心は、コミュニケーション・メディアの空間性など、メディアに関する諸現象のリアルな社会空間における裏づけに向いておりました。これは、自分ではメディア論と地理学の交差する地点での仕事、と考えております。例えば、私はここにおいでの方も含め、数名の方々と一緒に、1985年に刊行された原題を「Geography, The Media, and Popular Culture」、直訳すれば「地理学、メディア、大衆文化」という本を『メディア空間文化論』という書名で翻訳紹介する作業に関わりました。1980年代後半のことです。実はこの頃から、英米を中心とした人文地理学の世界では、文化的転回(cultural turn)と総称される、新しい研究動向がうねりとなって大きな影響を持ちはじめたのです。メディアをめぐる諸現象に対する地理学からの関心は、そうした大きな流れの中の一つの動きでした。
こうした文化的転回の時期に、人文地理学の中で急速に影響力を拡大した勢力の一つが、フェミニズムの流れです。厳密に議論して、ルーツを掘り起こしていけばずっと古くまで遡るのだと思いますが、大多数の地理学者にとって、フェミニスト・ジオグラフィーが目に見える存在となってきたのは、1980年代に入ってからでありました。当時から、あるいはそれに遡る1970年代から、フェミニズムは、社会的に構成された性役割としてのジェンダー概念を人文諸学、社会科学の諸分野に導入することをとおして、新しい学問的議論の地平を切り開いてきました。そして地理学という伝統的な学問分野においても(タイミングは少し遅かったかもしれませんが)フェミニズムの問題提起が、新たな論点を提示し、新たな地平での議論を引き出してきたのです。
本日のシンポジウムは、このように1980年代以降に本格化してきた、文化的転回の流れの中に位置づけられる「地理学からメディア論への関心」と、フェミニズムの問題提起により浮き彫りにされてきた「現代社会における隠された社会的不平等の次元への関心」を結びつけようと試みるものです。こうした試みは、現代社会を理解し、現代の都市空間を理解していく上で、有益な視点を提供し得るものだと、私は思っています。
いつの時代においても人間の世界認識は、社会化の過程でメディアを経由して供給される情報に依存して構築されていくものです。私たちは、行ったことがない場所、立ち会わなかった出来事について、メディアを介して認識をもち、それを組み上げて自らの世界認識を作り上げてゆきます。私たちは、会ったこともない人、見たこともない人について、膨大な情報をもっており、行ったことのない場所、おそらく一生出かけることはないであろう場所についても、情報があり、あるいは確固たるイメージ、あるいは曖昧な、怪し気なイメージをもって自分の頭の中の世界地図を埋め尽くしています。同時に、自分の直接経験している空間、自分の日常的な行動圏、生活圏においても、実は相当量の情報を、メディアから獲得しています。この場合のメディアとは、あるいは町の新聞やケーブルテレビの自主放送であったり、あるいは行政の広報紙やタウン誌、フリーペーパーであったり、回覧板や掲示板であったりと、その形態は実に多様です。要するに私たちは、自分が生活している都市においてさえ、まず情報を検索してから店や施設をさがし、それから実地で利用するという行為を繰り替えしているわけで、メディアによらず純然たる直接経験の積み重ねだけで構成された地理的経験、空間への理解というものは、本当にごく限られたものでしかないのです。
こうした傾向は、何もメディアが溢れた都市においてのみ生じていることではなく、現代の先進諸国においては、程度の多少はあれ、どこでも見い出すことができます。英米や日本を含めた先進諸国においては、都市的生活様式が都市・農村を問わず広く浸透するとともに、大都市においては都市空間の一層の高次化が進んでいます。そこでは、高度情報化・ディジタル化といったスローガンの下で推し進められてきたメディアの発達が、大きな要素として影を落としています。同時にまた、メディアの発達は、私たちの情報獲得様式を変化させ、世界認識に一定の制約なり方向性を与えることにもなっているはずです。フェミニズムの問題提起から展開してきたジェンダーの論点は、そこで生じる諸問題の中で、社会的公正の観点から最も重要な論点となってくるのです。
もちろん、そこで検討されるべきなのは、新しいメディアが新たな変化を生んでいくことだけではなく、旧来のメディアが、日常生活の中でどのような力を発揮してきたのかを検証する作業も含まれているはずです。メディアが、その本質において「伝達する」ものであると同時に、「隠蔽する」ものであること。コミュニケーションが、人々を「結び付ける」ものであると同時に、そこに参加する者とそこから疎外された者を「分断する」ものであること、を見落としてはいけません。日常生活における矛盾の社会性・政治性を指弾したかつてのフェミニズムの主張以来、ジェンダーの議論は当然視され、批判の外に置かれて来た事項を俎上にのせてきましたが、その姿勢は今ではより広範な議論に継承されています。
こうした議論の重要性は、これまでにも十分認識されており、ジェンダーとメディア、メディアと都市空間、ジェンダーと都市空間をそれぞれ結びつけた考察は様々な形で展開されてきたと思います。しかし、この三領域を結びつけた議論、すなわち情報化によって高次化された都市空間についての私たちの認識が、ジェンダー論的視角によって提起される諸問題をどのように再生産しているのか(あるいは、克服しているのか、あるいは隠蔽しているのか)という議論は、必ずしも十分にはなされていないようにも思われます。
今回のシンポジウムは、こうした問題意識から、関連分野で刺激的な議論を発表してきた方々を報告者にお招きし、自由な立場からの知的交流の場を提供しようとするものであり、日本でこうした議論に取り組んでこられた方々に加え、海外からも報告者を招聘いたしました。登壇者全員についてのご紹介は、各セッションで改めて座長よりお願いすることとなっておりますが、1993年に刊行され、日本でも翻訳紹介された著作『フェミニズムと地理学』によって広く知られるジリアン・ローズ博士と、女性労働者の生活経験に密着したフィールドワーク報告などで1980年代以来英語圏におけるフェミニスト・ジオグラフィーを牽引されて来たお一人であるジェラルディン・プラット教授にご参加をいただけたことは、企画者といたしましたも、大変光栄なことであることを、申し上げておきたいと思います。
なお、最後に一言おわびを申し上げます。このシンポジウムでは、当初、第三セッションの報告者として、ロンドン大学ゴールドスミス校(Goldsmith College, University of London)のケビン・ロビンス教授(Prof. Kevin Robins)にご参加をいただく予定でしたが、止むを得ない事情で一月程前に招聘が不可能となり、急遽プログラムの組み替えを行いました。事前の広報でロビンス教授の招聘を予告しておりましたが、実現に至らず、企画者といたしましても大変残念に思っております。改めて不手際をおわびいたします。
以上、駆け足ではございますが、本シンポジウムの背景をご紹介させていただき、今日これから展開される議論の意義について、私なりの位置付けと、期待を申し上げました。今日一日、皆様とご一緒に、新鮮な知的刺激に触れ、新たな発見をできればと願っております。どうか丸一日の長丁場ですが、じっくりシンポジウムにおつきあいをいただけますようお願い申し上げ、企画者よりの趣旨説明とさせていただきます。
ご清聴ありがとうございました。
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