2003:フォーラム

「文化都市」グラスゴーの新しい顔
−国際地理学会議(IGC)2004年大会の会場周辺−

                  山田晴通

 欧州連合(EU)のユニークな取り組みの一つに、「欧州文化都市」の選定事業がある。これは、加盟国が順番に毎年一カ国ずつ、自国内の一都市を「欧州文化都市」として選定し、各種の文化事業への取り組みを奨励するというものである(この事業の名称は、2004年までは the European City of Culture、以降は the European Capital of Culture であるが、ここでは両者とも「欧州文化都市」とする)。
 この「欧州文化都市」に選出されても、EUとして特別な予算措置があるわけではない。しかし、過去の例では、選定された市は、文化事業が数多く展開される当該年を中心に、EU域内外を問わず外国からの観光客の入域が大幅に増加するため、自国に順番が回ってくるときには、多くの都市が候補地として名乗りを上げるのが常になっている。次に英国に順番が回ってくるのは、2008年だが、国内での候補地選定作業は既に進んでおり、2002年10月には、名乗りを上げていた12都市を6都市に絞り込む最初の作業が行われ、英国内のメディアはその成り行きを大きく報じた。最終的な2008年「欧州文化都市」の決定は、2003年5月に予定されている。
 欧州文化都市事業への関心の高まりの背景には、前回英国に順番が回ってきた1990年に選出されたグラスゴーが、これを機に「文化都市」へのイメージ脱皮と、新たな観光資源の構築に成功し、経済的な立ち直りを示してきたことがある。グラスゴーは、伝統的に造船業などを軸とした重工業の都市として知られてきた。それが現在では、文化事業によって域外からの人の流れを引き寄せ、観光関連産業を拡充するという戦略が、都市経営の上でも大きな意味を持つようになっている。
 このグラスゴーに限らず、英国における都市再開発の重点は、概ね1980年代以降、産業誘致を軸とした地域開発政策から、「文化」をキーワードとしたイメージ戦略へとシフトされた。かつて1970年代に「英国病」といわれた構造不況の中で深刻な地域経済の不振に陥っていた、イングランド北部やスコットランド低地部、ウェールズ南部などの古い工業都市群の多くは、それぞれに何らかの意味での「文化都市」を標榜し、イメージの脱皮を計り、英国内外からの投資を引き寄せるべく競いあっている。
 既にファースト・サーキュラーが出ている2004年のIGCは、このように近年の英国における都市開発政策の新展開の流れの中で、いわば「先進地」と目されてきたグラスゴーで開催される。会場となるスコットランド・エキシビション&コンファレンスセンター(the Scottish Exhibition & Conference Centre:SECC)は、中心市街地から2kmほど西、かつて造船ドックが集中していたクライド川に沿った地域の右岸側にある。1985年に、のべ22,355m2のホール・スペースを核とした展示場・会議場として開設されたSECCは、1997年に3000席を設けたクライド・オーディトリアム(通称「アルマジロ」)が完成し、各種の国際学術会議からロック・コンサートやプロレス興行まで、様々な形で利用されている。
 市街地中心部とSECCは、グラスゴー・セントラル駅の地下から出ている電車(Argyle line)で結ばれている。セントラル駅から2駅目のエキシビション・センター駅で下車し、長さ300mあまりのチューブ状の連絡通路で鉄道と高速道路を越えると、3000台収容の駐車場に囲まれたSECCの施設前に出る。
 コンベンション会場には、近くに宿泊施設を配置する必要がある。SECCの周辺には現に営業中のホテルが2軒あり、さらにもう1軒が建設中である。現在、グラスゴーには100室以上の大規模ホテルが15軒以上あるのをはじめ、多様な規模の宿泊施設がいろいろあるが、大規模イベントのある週末などには宿泊施設が不足する事態もしばしば起こっている。このため中心市内でも、SECC周辺のようなやや離れた地域でも、ホテルの建設が進められている。
 一方、SECCの周辺には、かつての重工業都市の面影も残されている。現在ではカジノに改装されている、丸屋根の特異な建物「ロトゥンダ」は、かつて大型船の遡航のためにこの辺りでの架橋ができなかった頃に活用された地下トンネルの出入口である。1895年に完成したこの地下トンネルは、現在では封鎖されているが、往時には物資や家畜の移動などに利用されていた。左岸側の「ロトゥンダ」は、現在も手が加えられていないまま放置されている。
 また、特筆すべきなのは、1930年代に建設されたという巨大クレーン「フィニーストン」である。もちろんこれも現在は稼働しておらず、産業遺構として保存されているだけだが、グラスゴーで製造された蒸気機関車を船積みのために設置された欧州最大規模のクレーンであり、ここから運ばれた蒸気機関車がオーストラリア、南アフリカ、インドといった大英帝国の各地で活躍した(一部では現在も稼働している)ことは、グラスゴーの人々がしばしば誇らしく語る歴史的エピソードの一つである。こうした産業遺構は、都市の歴史を象徴し、物象化した存在として、観光資源に位置づけられているのである。
 SECCとクライド川を挟んだ対岸、すなわち左岸側の一帯では、1988年にナショナル・ガーデン・フェスティバルが開催されて大成功を収め、この地域一帯における大規模再開発の先駆的事業となった。現在は、その事業用地の一部に社会教育施設であるグラスゴー科学センターが建設されており、2本の歩道橋でSECCのある右岸側と結ばれている。
 こうした再開発による公共施設の配置も、広い意味ではジェントリフィケーションの一形態だが、SECC周辺のクライド川沿いの地域では、かつての造船ドックや工場の跡地に、ジェントリフィケーションによって比較的質の高い住宅が供給されていることがよくある。他方、川沿いから数百メートル離れると、1970年代頃の高層住宅や、より古い低層のテラスハウスなど、もともと工業労働者用として供給された質の劣る住宅群が立ち並んでいて、ジェントリファイされた一角と鮮やかな対照を見せている。また、かつての造船ドック跡地の中には、空地として残るものや、まさに再開発の途上にあるものもあり、あたかもジェントリフィケーション過程の諸段階が図式として示されているかのようでもある。
 そもそも文化とは何か、といった議論はひとまず保留するとして、文化がそれ自体としての価値を超えて、都市経営の上で、社会的、経済的に重要な役割を果たすものだという認識は、既に広く共有されるようになっている。コンベンション関連事業の振興は、その具体的な現れであり、今では英国でも日本でも、世界中のどこにおいても、多くの都市が重要な課題として取り組んでいるところである。英国においてこの方面での最良の成功例と目されているグラスゴーが、どのような手際でこうした事業を進めているのか、また、そうした取り組みが具体的に市街地の景観にいかなる刻印を残しているのか、それを実地に見聞できるという意味でも、グラスゴーでのIGC2004に参加する意義は大きい。
 IGC2004のセカンド・サーキュラーは、2003年6月頃に公表される。日本からも、若手を含め、多数の研究者がIGC2004に参加することを期待したい。

 本稿は、2002年11月1日〜2日におこなった、SECCと、IGC2004の受入組織の一つである王立スコットランド地理学会(the Royal Scottish Geographical Society:RSGS)事務局への聞き取りに基づいている。
 今回の渡英は、日本学術振興会科学研究費補助金(基盤研究(B) 課題番号:14402041、研究課題名「グローバリゼーションとEU統合への文化的対応に関するEU主要都市比較研究」、研究代表者:山本健兒)の助成による研究活動の一環である。


The Scottish Exhibition & Conference Centre:2002年11月1日(金)

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