書評:1999:
溝尾良隆『ご当地ソング讃』.
地理学評論(日本地理学会),72(A),pp178〜179.
この書評は、地理学評論編集委員会からの依頼に基づいて執筆されました。書評の機会を提供して頂いた編集委員会に感謝致します。
掲出に際して訂正した部分は青字としました。
溝尾良隆著:ご当地ソング讃.東洋経済新報社,1998年,174+6p.,2,000円.
著者は、二十年あまり旅行業界で主として調査業務に携わった後、立教大学社会学部の教授となり、学科の学部昇格に伴って観光学部へと移った地理学者である。表題にも明らかなように、本書は学術書ではなく、一般読者向けに書かれた気楽な読み物である。この点を読み誤ると、本書に対して不適切な評価を下すことになりかねない。
本書は、序章では堅苦しげな事も述べているが、実態は文字どおりの「讃」である。腰巻きの宣伝文句に「お国や故郷や地元のすばらしさを口ずさむ/身近なことから大切にして、21世紀の地域文化を活性化する/めざせ地域発の「心」の世界標準」とあるように、本書は、もっぱら個々の地域で具体的な地域おこしに取り組んでいるような人々を読者に想定し、ご当地ソングに絡む雑学的なエピソードを紹介しながら、それぞれの地域における実践に何がしかのヒントを提供しようという、ご当地ソングの事例集である。もっとも歌詞は断片的引用しかされていないので、補論でも紹介されている資料か、それに準じた歌詞集を用意して、のんびり読むのがよいだろう。
本書を学術書と誤解してページをめくると、読者はいろいろと注文をつけたくなって、苛立ちながら読み進む羽目になる。確かに序章の問題提起は、それなりに学術的な雰囲気をもっている。その延長で読み進みたければ、まず、考察対象とする「うた」を確定する作業を説明している巻末の補論を先に読むべきである。そうしないと、第1章の冒頭からのデータを重ねる論述を上手く消化できないだろう。もちろん、この補論部分については、本来ならば応分の批判的な検討が必要と思われるし、異論をさし挟みたくなるところも多いのだが、ひとつの立場として著者の主張を受け入れ、そこに含まれた問題なり限界を意識して読んで行けばよいだろう。
本論には、あわせて4つの章がある。第1章は県単位のイメージ、第2章は都市(特に、大都市と港町)のイメージを取り上げている。第3章は、温泉地や島の地域おこしとご当地ソングが絡む事例を紹介している。第4章は、具体的地名以外の地理的イメージについて、北と南、都会と田舎、といった軸を中心に事例を紹介し、さまざまなうたに歌い込まれた類型化した景観の表現から「日本の風景、日本人の原風景」といったテーマへと話を進めていく。その過程では、実に多様なエピソードが紹介されるが、それぞれについての十分な議論は展開されない。序章の末尾で著者は、「本書は、なぜその地域がうたの対象地として選択されたのか、選ばれる地域は時代により変化するのか、時代を問わずいつも同一地域が取り上げられるのか、いつも取り上げられる同一地域においても時代により地域イメージは変化するのか、といった観点からうたと地域の関係を分析し、うたの選択地域の特性を把握するところに主眼を置いた。」と述べているが、本書の記述は、一般的な論述としてこの設問に答えようとするものではなく、ただ個別の事例について資料と解釈が提示されるにとどまっている。
ポピュラー音楽研究において、歌詞分析は、どのような手法によるにしても様々な非常にデリケートな問題を抱え込まざるを得ない、なかなか厄介な分野になっている。歌詞を、書かれたものとして扱うのか、歌われたものと見るのか。歌詞の中の世界と現実との照応関係の多様性をどう整理するのか。曲のヒットの程度と、歌詞の社会的影響との相関関係を想定するか否か。歌詞を、社会に影響を与えるものと見るのか、社会意識の反映と見るのか。歌詞分析に際しては、論じる側の姿勢を厳しく問われる視座が無数に存在している。著者は、序論で「イメージのフィードバック」といった用語も使い、こうした基本的な出発点の議論にも関心がないわけではなさそうだが、それにしても本書全体の行論はいかにもナイーフに展開されている。
評者は、一般論として、地理学はより一層、一般社会に働きかける努力をすることが必要だと考えており、その意味では、本書を刊行した著者の努力を評価する。しかし、同時に、これだけの作業を積み重ねたのであれば、その成果を学術論文として学界に提起して欲しいとも強く思った。序章の末尾で著者が提起したテーマに対して、より厳密で、体系的に論述した、本書の結論部に相当するはずの論文をぜひ読んでみたい。本書には地理的情報は豊富に盛り込まれている、しかし、地理「学」的な議論は、本書では欠落したままになっている結論部からはじまるはずである。
(山田晴通)
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