雑誌論文(学会誌査読論文):1989:

JCTVの事業展開と経営的成功の背景.

新聞学評論(日本新聞学会),38,pp138-151.


 原論文は、図1枚を含んでいますが、さしあたり本文テキストと表だけをこのページに掲載しました。図の掲出は、もうしばらくお待ち下さい。
 なお、ページ作成に際しては、原論文の明らかな誤植だけを改め、その他の表現はそのままとしました。訂正した部分は青字としました。

 言うまでもないことですが、この論文を執筆した当時と現在では、CATVやネットワークの状況はまったく違ったものになっています。あくまでも歴史的記述であることを念頭に置いて読み進んで頂ければ幸いです。
JCTVの事業展開と経営的成功の背景.


JCTVの事業展開と経営的成功の背景

                    山 田 晴 通
                     (松商学園短期大学)

 CATVを対象とした既存の学術的研究には、二つの核が認められる。まず、社会調査の手法によって受け手側からCATVの社会的意義の把握を試みる研究群があり、実験施設はもちろん、営業施設を対象とした調査も各地で進められてきた(1)。他方、送り手側の研究も、各システムの実態や歴史に関する記述の積み上げから、CATV事業の全体像を描き出すまでの試みまで多様なものがあり、ジャーナリスティックな分野での動きも活発である。こうした研究は地域メディア論の枠組の下で展開されることが多く、多数の論者が全国各地のCATVを取り上げていながら、自主制作、自主放送の重視、「手づくり」の強調など、共通したスタイルが認められる。
 しかし、こうした研究状況の中で、いくつかの重要なテーマは充分に考究されないまま今日まで残されてきた。一九六〇年代の先駆的自主放送の記録、一九七〇年代前半の法制度整備前後の事態の総括、域外再送信の経営的意義の分析などである。そうしたテーマは受け手調査とは関係が薄く、また「地域」論が盛んになった一九七〇年代にいは施設が既に存在しなかったり、「地域」メディアという視点からは意義が乏しかったために、研究対象から取り残されてきたのである。
 本稿で論じる(株)日本ケーブルテレビジョン(JCTV)も後述するようにわが国のCATV事業の中で重要な位置を占める事業体でありながら、これまで学術的研究の対象とされてこなかった。これには、受け手調査が技術的にも難しく、東京など大都市への展開が「地域」メディア論的関心を引かなかったことに加え、他に例のない特殊な形態を取るJCTVの研究が、法則定立や一般化への指向の強い社会学出身のメディア研究者に敬遠されたという事情もあるようだ。しかし、JCTVを論じるのは単に既存研究の穴を埋めるためではない。CATVへの関心から見るとき、JCTVは、さしあたり「有線テレビジョン放送施設者たる有線テレビジョン放送事業者」の一つにすぎない。しかし、その事業形態を見れば、JCTVは様々な意味で他に例のないユニークなCATVである。JCTVは多様な顔を持っているが、それは単純な事業の多角化によるものではなく、わが国の制度的枠組みの中で、その最先端ぎりぎりのところを走り続ける特殊なCATVとして発展して来た結果なのである。また、JCTVが、わが国のCATV事業者の中で最も経営的に成功しているという点も忘れてはならない。経営的視点からの研究もまた、従来のCATV研究で手薄な分野である。本稿の狙いは、JCTVの軌跡を追い、その経営戦略の解明によって、ビジネスとしてのJCTVの展開を描くことにある。

I・制度面からみたJCTVの特殊性 −ケーブルを持たないCATV「施設者」

 東京などの主だったホテルの閉回路テレビ(CCTV)で接するチャンネルのひとつに、英語放送JCTVがある。また、最近では米国のCNN(Cable News Network)もそうしたCCTVや一部のCATVで見られるようになってきたが、CNNの番組をわが国の各局に供給しているのもJCTVである。さらに、テレビ朝日(ANB)系列に流れているCNNの素材を使ったニュース番組などを制作しているのもJCTVである。しかし、JCTVの多様な事業の中心は、当然CATV事業そのものにある。
 JCTVは、一九七五年六月九日付で有線テレビジョン放送施設者(以下、「施設者」と略記)としての許可を受けたいわゆる「許可施設」である。有線テレビジョン放送法(以下、「有テレ法」)は、施設者を「有線テレビジョン放送を行うための有線電気通信施設(再送信を行うための受信空中線その他の放送の受信に必要な施設を含む。)」の設置許可を受けた者としており(第二条)、施設者は「ケーブルの設置者」と位置づけられている。
 一方、実際の放送業務を行う者を有テレ法は有線テレビジョン放送事業者(以下、「事業者」)といい、これには施設者が自ら事業者となる場合(有テレ法のいう「有線テレビジョン放送施設者たる有線テレビジョン放送事業者」)と、施設者と事業者が異なるチャンネルリース方式の場合がある。チャンネルリースは本来、CATV施設の設置が原則として地域的独占になることを踏まえ、放送業務における競争を保証するために盛り込まれた措置であり、施設者に対して事業者(たらん者)に「施設を提供する」=「チャンネルを貸す」原則的義務を負わせる制度である(有テレ法、第九条)。ただし、実際にはこうした「競争者」としての事例は、一九八八年九月に開局したあづみ野テレビ(長野県)のあづみ農協チャンネルしかない。チャンネルリース方式による事例は、公共的性格の施設者が自ら事業者になることを避ける場合や、経営的リスクの回避などの問題から施設者と事業者に別の法人格を与えていると考えられる事例がほとんどである。なお、チャンネルリースは「回線を貸す」という点では通信事業と変わりないが、法的には電気通信事業に含まれないとされている(電気通信事業法、第二条)。
 さて、施設の許可基準(有テレ法、第四条)には明文化されていないが、実際に許可を与える郵政省は、「放送事業者の主体性の確保」を理由に施設者が施設をすべて自ら所有することを求めてきた。これに従って、わが国のCATVの大半は、補償施設のように施設への投資を回収する必要がない場合を除いて、まず施設者として多額の資金を投じて施設を設置・所有し、次いで自ら事業者となってその回収を目指す、という道をたどらざるを得なくなっている。
 ところがJCTVは、このケーブル所有政策の唯一の例外である。JCTVとその系列である(株)全関西ケーブルビジョン(ACTV、届出施設)だけが「ケーブルを所有しない」CATV施設者=事業者なのである。JCTVは(以下、いちいち言及しないがACTVもこれに準ずる)、送信施設は所有しているが、伝送路にあたるケーブルは全く所有しておらず、伝送路をすべて電電公社〜NTT(現在、東名阪の接続は日本テレコム)に依存している。JCTV/ACTV以外、伝送路を電気通信事業者から借りている事例は全くない。CATV事業者が施設を所有しない事例は、伝送路以外の施設についてもヘッドエンドの共用がごく例外的にあるだけで、施設の根幹である伝送路を「借りる」JCTVのあり方は極めて特異ということができる(2)

II・事業展開の経緯

a・「ホテルネットワーク」のスタート


 JCTVは一九七一年十月十三日にNETテレビ(現・テレビ朝日(3))など朝日新聞系の資本を中心として設立された(4)。当初、本社は六本木のNETテレビ内に置かれ、スタジオは有楽町の朝日新聞東京本社内にあった。
 JCTVが設立された当時、既に東京や大阪の高級ホテルの一部はCCTV施設を整備し始めていた。ホテル内CCTVの先駆者である東京のホテル・ニューオータニは一九六八年十二月二十四日からロビーや客室のテレビ約千台に一日六時間半の英語放送を流していたし、大阪でもホテル・プラザが一九六九年十月から英語放送をしていた(5)。そうしたホテル内CCTVをネットして、外国人一般を対象とした英語放送を行うのがJCTVの当初の事業であった。
 ところが、JCTVの構想は当初から伝送路をめぐる深刻な困難に直面した。CATV事業の法的環境整備がほとんど未着手だった当時、CATVが自前のケーブルを敷設するためには電柱共架や道路占有許可の問題などが山積しており、施設者の大きな負担となっていた。さらに、有テレ法制定に先立つ一九七〇年前後のこの時期には、日本ケーブルビジョン(NCV)〜東京ケーブルビジョン(TCV)の問題が行政当局を現状維持指向に傾けたこともあり、特に東京都内はケーブルの新規敷設が「事実上不可能な状況」にあった。
 そこでJCTVは、自らCATV用のケーブルを敷設する代わりに、電電公社の回線を介して映像・音声を受信者(ホテル内CCTV)に送る方法をとった。ペア・ケーブルと通称されるこの方法は、画像通信サービス用の回線で映像を送り、同時に電話回線によって音声を送るもので、同軸ケーブルによる映像に比べればやや画質が劣るものの、実用に耐える映像・音声を送ることができた(6)。  このように回線を「借りる」ことによって、JCTVは通常のCATVのような莫大な先行投資の負担やリスクを回避したが、同時に、巨額の回線使用料負担という問題を抱え込むことになった。回線料金は、必要な回線の長さや共同受信する端末の数などで異なり、個別の場合の具体的金額は公表されていないが、かなりの高額には変わりない(7)
 JCTVの放送は、都内の高級ホテル三カ所(帝国、赤坂東急、銀座東急)を対象に一九七二年七月三日に開始され、九月にはさらに三カ所が加わり、翌一九七三年三月一日にはACTVも発足した。こうしたホテル内CCTVへのチャンネル供給をJCTVでは「ホテルネットワーク」と称した。
 放送時間は、朝七時からの三時間と夜六時からの六時間で、毎日九時間であった。これには、朝三十五分、夜四十五分の生放送ニュースが含まれていた。番組内容は、NETテレビが制作した日本の伝統美術や観光地などを紹介するシリーズの英語版や、東京のあちこちを紹介する五分間の番組「東京探訪」などの自主制作番組に加え、海外から購入したゴルフやフットボールなどのスポーツ番組が中心となっていた。
 放送開始の二日目に公布・施行された有テレ法に基づいて、JCTVは施設者=事業者として郵政省への届出を行った。ホテル内CCTVへの接続は、JCTV側から見れば一カ所につき一端子にしかならず、当時の総端子数は五百を大きく下回っていたからである。こうしてJCTVは、法的には届出施設として、そのスタートを切ったのである。

b・ネットワークの拡大と許可施設への移行

 JCTVがホテル・ネットワークに次いで手をつけたのは、外国人が居住する「超」高級マンションを対象とする「マンションネットワーク」業務であった。これは、共同住宅の共同受信システム(いわゆるMATV)に対してホテル内CCTV同様の英語放送サービスを行うものである。分譲マンションでは、入居者とJCTVが個別に契約を結び、賃貸マンションでは、家主とJCTVが契約を結び受信料・回線使用料は家主が負担した上で家賃に上乗せされる方式がとられた。端子の数え方は、マンション一棟が一端子となることもあれば、一世帯一端子のこともあり、場合によって様々であった。
 マンションネットワークは、一九七五年一月十三日に、六本木地区の高級マンション五カ所(ホーマットプレジデント、ホーマットウエスト、ホーマットインペリアル、ホーマットコモドア)、世帯数にして百四十戸余りを対象として開始された。折からの地価高騰を背景に、外国人エグゼキュティブらをターゲットとした「超」高級マンションが都心に近い港区を中心として出現し始めたことにも助けられて、マンションネットワークは大きな成功を収め、契約者数も急速に増加した。このため端子数は程なく五百を越え、JCTVは有テレ法第三条に基づいて郵政省に施設設置許可を求め、六月九日に許可を受けた(第十九次許可)。
この許可に先立って郵政省の内部では、「ケーブルを持たない」JCTVを施設者として認めることをめぐっていろいろと議論があったといわれている。問題の焦点は二つあった。まず一つには、JCTVの事業内容が有線放送か同報通信か、という定義の問題(すなわち管轄の問題でもある)があった。もし同報通信らば、所轄は放送行政局ではなく電気通信局となるはずである。またもう一つには、既に触れたように、有テレ法には明文化された条項こそないものの、郵政省は一貫してケーブルなど一切の施設の所有を施設者に求めていたのに対し、JCTVは終始自前のケーブルを持たない(持てない)という前提で事業を進めていた、という矛盾があった。
 すでに届出施設としての実績があり(届出に際して特別な指導などはなく、郵政省側も特に問題にしなかった)、また、背後にNETテレビが控えていたJCTVは、自ら放送行政の対象となることを強く希望した。もともとCATV事業の展開を目指して設立されたJCTVは、「通信」事業という意識はもっていなかったし、また将来回線敷設が可能になった段階で「通信」事業であることが不利に働くことを懸念もしたようである。一方の放送行政局も、JCTVをCATVの枠に収めることによってCATV行政の対象を拡張しようと考えていたようであり、JCTVを「実質的な内容に即して」有線テレビジョン放送の一種として扱うよう電気通信局と調整をつけ、JCTVに施設許可を与える方向で有テレ法の解釈を行った。焦点の一つであった施設の所有/借用については、法のいう「設置」を「継続的に支配・管理することができるようにしておくような行為」と解釈し、あくまで例外的事例としてではあるが施設を所有しない「設置」も可能とした。その他の細かい点についても、施設の提供義務(チャンネルリース、第九条)や義務再送信(第十三条)の免除などが認められた。
 英語放送を流すJCTVは、不特定多数を対象としていないため、一般のCATVのように特定の地域全体が潜在的契約者になるわけではない。地域によって程度の差はあれ、潜在的契約者は空間的に分散しているのである。このことは、受信契約者数がほぼ同じ規模である東京ケーブルビジョン(TCV)新宿地区とJCTVマンションネットワークの広がりとを比べれば明らかである(=省略=)。このような場合、契約者一戸当りの回線の長さが長くなってしまうのでCATV事業者が単独で施設を維持することは通常以上に難しく、何らかの形で伝送路がインフラストラクチャーとして整備されない限りこうした事業者は成立しにくい。その意味でも、NTT回線の利用に道を開いたJCTVの意義は大きい。

c・番組配給の試みとCNNとの提携

 許可施設となり順調に契約者数を伸ばしていったJCTVは、積極的に番組制作に取り組むとともに、自社制作番組の配給も試みた。番組配給の最初の事例は、ニュース番組「ザ・ワールド・トゥデイ」で、一九七六年四月十二日に放送を開始したこの番組は、同年十月一日から独立UHF局・テレビ神奈川(TVK)でも放送されるようになり、現在に至っている。これは、JCTVが夜七時から生放送した番組をビデオテープで横浜のTVKに運び、夜の十一時から放送するものである。また、一九七九年から始まった「ビジネス・ニッポン」も同様の方法でTVKに供給されている。
 さらにJCTVは、他局の番組の制作や制作協力も手掛けた。一九七八年四月からはFM東京の「ワールド・ニュース」がJCTV制作で始まり(一九八六年三月まで)、同年十二月からはテレビ朝日の音声多重英語ニュースの制作が開始された。さらに、アメリカで急速に発展しつつあった文字情報をいち早く紹介し、一九八〇年からはAPニュースを流す英語文字放送DAVIS、一九八四年からは朝日新聞ニュースなどを流す日本語文字放送・MICSのサービスを始め、この分野でもわが国における事業化の先駆となった。
 また、番組供給にとどまらず、一九七七年七月四日からはチャンネル供給の実験がTCV新宿地区を対象として始まった(8)。これはTCV新宿地区の加入者のうち、JCTV視聴を希望する世帯から別途料金を徴収し、JCTVを供給するものであった。実際の対象世帯数はごく僅かであったが、その後も一九八八年九月までチャンネル供給は継続した。
 こうして様々な形で番組制作能力をつけていったJCTVは一九八〇年代に入り、急成長しつつあったアメリカのCNN(Cable News Network)と提携することによって新たな発展の契機を迎えることになった。一九八二年十月五日、JCTVは「Tokyo Business Report」を衛星経由でCNNに定時送信し始めた(9)。これに対してCNNは、日本におけるCNN素材の流通に関する代表権をJCTVに与える共に、CNN素材の提供を開始した。提供されたCNNの素材は、当時はまだビデオテープだったので一週間ほど時間差が生じてしまい、ニュースとしては扱いにくかった。しかし、そうした素材の中から必ずしも速報性を必要としないトピックス的なものを選んで紹介する番組「鉄矢のびっくり外報部」がJCTV制作、テレビ朝日系のネットによって一九八四年一月八日から放送された。この番組はCNNの素材によって日本向けの番組を制作する最初の試みであった。
 JCTVにとって、CNNとの提携の一つの目的は、アメリカ国内のCATV局と同様にCNNを通信衛星で受信し、同時再送信することにあった。そこで、インテルサット四号を介した衛星通信回線が確保され、CNNの放送がリアルタイムでJCTVに入ることとなり、一九八四年四月一日からCNNの同時再送信が開始された。ただし、同時再送信といっても、CMはすべてJCTVの手で日本向けのものに差し替えられている。これは、CM出演者の肖像権などに関するアメリカの契約慣行が、CMの放送される地域などについて強い規制力をもっているためである。
 CNN再送信開始後のJCTVの編成は、二十四時間(CM以外の)CNN放送をすべて再送信するものと、夕方六時ないし六時半から夜十一時前後まではJCTVのオリジナル番組が従来に準じて入り、残りの時間帯にCNNを流すものの二種類となり、JCTV契約者は各自の希望によっていずれか一方の供給を受けることになった。特に前者は、新たな契約者開拓の大きな武器となり、諸官庁や各国大使館をはじめ、商社、銀行、証券、マスコミから百貨店まで多くに企業がCNN(すなわちJCTV)の導入に踏み切った。
 さらに、一九八四年四月一日のCNN再送信開始と同時に、CNNの素材で構成するニュース番組「おはようCNN」と「CNNデイウォッチ」が、JCTVの制作によりテレビ朝日で放送開始となった。少し遅れて「スポーツUSA」「CNNウィークリー」(一九八四年開始)、「ショウビズ」(一九八五年)、「CNNヘッドライン」(一九八七年)などが同様の形で放送されるようになった。
 ちなみに、CNN再送信開始の五カ月前に当たる一九八三年十一月四日、JCTVは第十二期決算で初配当(年八パーセント)を決めた。配当はその後も継続されている(10))。

d・ネットワークの拡大とチャンネルサプライヤー指向

JCTVネットワークの概要(1988年)
地域全国
ホテル官公庁/企業マンション
東 京35ホテル
(21,453室)
126法人
(5,040端末)
266棟
(5,220世帯)
名古屋9ホテル
(2,957室)
3法人
(41端末)
 
ACTV
(関西)
39ホテル
(16,863室)
15法人
(90端末)
 
合計83ホテル
(41,273室)
144法人
(5,171端末)
 
 *「週間番組表:昭和63年7月-9月」による
 CNN導入後のJCTVは、契約者の増加、各地のCATVへのチャンネル供給(ないしそれに準じる番組供給)の拡大(特にCNN)を通じて、直接・間接にJCTV/CNNの視聴者を増やしてきた。一九八六年八月一日からは、日本テレコムの光ファイバー回線を利用した東名阪のネットワークがスタートし、名古屋地区でもホテルネットワークと企業ネットワークが稼働し始めた(11)。JCTVの公表する資料は、ネットワークの端末総数を五万以上としている。このうちホテルの客室端末数をどう評価すべきかは議論の余地のあるところだが、官公庁/企業ネットワークとマンションネットワークがそれぞれ五千以上という普及状況は、想定される視聴者のクオリティとも考え併せると、JCTVが相当の媒体力を備えてきたことを物語っている。(
 チャンネル/番組の供給については、ACTVとは別に、いわゆる都市型CATVを中心に、一九八九年四月現在のべ十三局のCATVにCNNが供給されており、都市型CATVネットワークと称されている。現段階では、首都圏の一部の局を除き、ビデオテープによって毎日数時間分の素材が提供され、それをリピート放送するという方法が取られているが、近い将来には衛星を介した同時供給への移行が予定されており、それが実現すれば地方都市の大規模CATVがネットワークに参加することも見込まれている。
 さらにJCTVは、地元・東京都港区の都市型CATVやスペース・ケーブル・ネットワークなどの構想にも積極的に関わってきた。JCTVが関係した最初の都市型CATV構想は、朝日新聞系資本が一九八三年に設立した(株)日本ケーブルコミュニケーション(JCC)で、その後JCCなど競願各社を一九八六年七月二十四日に一本化が成り、一九八九年四月一日に開局した(株)ケーブルテレビジョン東京(CTT)にもJCTVは参画している。また、一九八六年三月に設立され七月から営業を始めたペイ・チャンネル(映画の有料放送)サプライヤーであるスターチャンネルにも参画し、新たなチャンネル供給事業にも間接的に関与している。スペース・ケーブル・ネットワークに関してもJCTVは比較的初期からいろいろと動いていたが、最近では東北新社やスターチャンネルと組み、宇宙通信の通信衛星(一九八九年三月打ち上げ予定)を介して全国同一料金でネットワークを拡大する構想を打ち出している(12)
 こうしたネットワーク化の対象はCATV局に限られていない。最近では特に、学校施設などのMATV(共同アンテナ施設)を対象に教材テキストつきでCNNを提供する構想もある。この構想の本格的展開はスペース・ケーブル・ネットワークの実現した後とされているが、既に実験的システムとして一部の大学・高校へのCNN供給が始まっている(13)
 JCTVのチャンネル供給事業への関心は、単にCNNの「輸入代理店」としての潜在的需要を開拓することにとどまらず、より一般的なチャンネル供給事業者としての地位の確立にも向けられているようである。元々JCTVはホテル内CCTVへのチャンネル供給事業からスタートしたのであり、「ケーブルを持たない」JCTVにとっては分譲マンションなどの直接契約者への「放送」も、CCTVやCATVへの「放送」ないし「通信」も、技術的には大差はない。JCTVがチャンネル/番組供給者としての方向に進むのも、ある意味では自然な成り行きといえるだろう。
 以上で見てきたように、JCTVは次々と新しい事業に進出しながら現在の地位を築いてきたが、その具体的経緯を見ればJCTVの事業拡大が常に実績の積み重ねを前提とし、突飛な多角化ではなかったことがよくわかる。このように、様々な事業が充分な必然性を持って組み上げられて現在のJCTVの業務の総体を形造っていることは、企業としてのJCTVが健全な発展を遂げてきたことの反映に他ならない。CATV事業者の多くが経営上の困難を抱え「CATV事業は難しい、儲からない」といわれる中で、JCTVは順調に成長し、経営的成功を収めているのである。

III・経営的成功の背景

a・組織の性格


 JCTVの経営的成功については様々な説明が可能であろうが、ここでまず注目すべきなのは、その組織の性格である。JCTVは、簡単にいえばテレビ朝日の系列企業であり、独立した企業体であることの地方都市の大規模CATVとも、一本化調整の結果として多様な利害を飲み込んでいる都心部の都市型CATVとも違って、資金繰りや利害調整などに苦労することは少ない。系列企業は特定の親会社なり、企業グループの支援を受けながら、その意を体して思い切った方策をとることができる。この点からすれば電鉄系の郊外型CATVに似たところがあるが、民放キー局が出資の中心となるという点でJCTVはユニークな存在である(14)
 こうした系列企業は親会社からみれば、ベンチャー的な新規事業を開発する遊撃隊のようなもので、リスクや法的規制などの関係で親会社が直接手掛けることが難しい事業に向いた組織形態である。テレビ朝日とJCTVの関係は、放送媒体は異なるものの、放送事業である点では共通しており、直接に協力できる部分も大きい。テレビ朝日の立場からすれば、英語放送に関する業務やCATV関係を中心としたニューメディア関係の業務は、系列のJCTVに任せ、必要に応じて番組制作などの形で協力させればよいのである。テレビに比べてはるかに未知数の部分が大きく、リスクもあり、儲けは少ない分野ならば、系列企業に任せておこう、というわけだ。テレビ朝日をはじめ親会社側が経営に介入しようとしなかったことも、JCTVには幸いであった。JCTVは朝日新聞・テレビ朝日グループの社会的信用に支えられながら、英語放送/CATVという潜在的な成長市場に取り組む役割を与えられ、存分に活躍することができたのである。

b・事業展開の戦略

 既存メディアをバックにしたJCTVは、事業形態の面でも一般のCATV事業者とは異なる展開を見せてきた。JCTVが行っている事業の柱は、有線テレビ放送、テレビ番組制作、チャンネル配給、の三つである。有線テレビ放送におけるJCTVのユニークさは、改めて述べるまでもなく英語放送であることやケーブルを所有しないことにある。またJCTVがテレビ番組制作に充分な能力を持てたのも、テレビ朝日の支援があってのことで、他のCATV事業者が一般の(空中波)テレビ番組を継続的に制作することはほとんど考えられない(15)。さらに、近年スペース・ケーブル・ネットワーク構想とともにチャンネル供給事業に意欲を見せている企業は少なくないが、JCTVのように事業者自らがチャンネル供給を構想する例は他には文京ケーブルネットワーク(BCN)しかなく、また外国のチャンネルを導入しようという「輸入代理店」方式の例も少ない(16)
 しかし、アメリカの(特に大都市の)CATVにおけるエスニック・チャンネル(非英語放送)の健闘を考えれば、わが国における英語放送も不自然なものではない。また、CNNに代表されるネットワーク・チャンネルがアメリカのCATVビジネスに占めている大きさや、既存の放送事業者がチャンネル供給に関わるスーパーステーション(独立系テレビ局でCATVにチャンネル供給もするもの)の存在からすれば、JCTVが番組制作能力をつけ、CNNの「輸入代理店」となってチャンネル供給を指向することも、当然の動きといえるだろう。このように、わが国のCATVの中で特異な存在であるJCTVのあり方は、アメリカのCATV業界の文脈で理解される部分が大きいのである。
 そうしたアメリカ的な事業形態へ向かう過程でJCTVが取った戦略は、マーケティングでいうクリーム・スキミング(上層吸収)戦略、すなわち、市場全体の支配は狙わず、(さしあたりは)最も支払い能力のある顧客層だけを対象に事業化使用という者であった。潜在的な成長市場においては、他者に先んじて事業化を実現し、より大きな潜在市場に向けたノウハウの形成や既得権の獲得を進めなければならない。しかし、事業化の初期段階における巨額の投資は大きな賭けであり、裏目に出ればむしろ後発の競争者を有利にしてしまう。そこで、無理をして広い市場を狙うことはせず、まだ充分なコスト・ダウンができず高価な商品を、さしあたり限定的な市場に供給し地位を確立しようとするのがクリーム・スキミングである。JCTVはケーブルへの投資負担を避け、まずホテル内CCTV、次いで外国人エグゼキュティブ世帯へと支払い能力の大きい顧客に絞ったネットワーク展開進めた(17)。これは、地域独占的・公共的な性格を持ち、ケーブル施設への投資を回収しなければならない他のCATV事業者がマーケット・ペネトレーション(市場浸透)戦略を取らざるを得ないのとは対称的である。さらに、数あるアメリカのケーブル・ネットワークの中で最も成功しており、わが国において外国人世帯以外の需要も見込めるCNNを提携のパートナーに選び、いち早くチャンネル供給を開始したことも、クリーム・スキミング戦略といえるだろう。
 既存の有力メディアが背後に控えるJCTVの業務展開は、CATV事業の先進国であるアメリカの状況に学びながら、いち早い事業の確立を目指し、クリーム・スキミング戦略を中心として進められてきた。その結果JCTVは、わが国のCATV事業の中ではきわめてユニークな、また、業界全体をリードするような存在となったのである。


  



英文要旨

Development of Japan Cable Television since 1971

Harumichi Yamada


  Japan Cabel Television, or JCTV, is a licensed CATV operator under the Japanese Cable Television Law, enacted in 1974. It is rather unique in that it, alone among cable television operators, is permitted to lease its cable network from Nippon Telegraph & Telephone Corporation (NTT); the ministry of Post & Telecommunication (MPT) generally requires cable operators to own their own networks, although the law does not make such a stipulation. Such freedom from vast capital investment is one of the major factors behind JCTV's success.
  JCTV was established in 1971, funded mainly by the Asahi Shimbun group, in order to supply an English-language channel to closed circuit systems of Tokyo's most prestigious hotels. At that time it was practically impossible for various regulatory reasons to build a new cable network, especially in Tokyo; leasing its cables from NTT made JCTV viable.
  In 1974 JCTV embarked upon a new venue, so-called "mansion network" broadcasts to individual Tokyo subscribers. Due to the high monthly charge, however, this service was mainly limited to foreign businesses. While JCTV charged its subscribers Y3,000 per month, subscribers were forced to pay an average of Y100,000 monthly to NTT to maintain their line. Even with such exorbitant fees, JCTV managed to gain 5,000 new subscribers by the mid 1980's.
  In 1982 JCTV formed a partnership with Turner Broadcasting System (TBS) of Atlanta, Georgia (USA) and began a systematic program exchange. A direct satellite link established in 1984 not only added programs from CNN (Cable News Network) to JCTV programming but allowed JCTV to supply CNN 24 hours a day as an alternative service available on subscribers' request. In addition, JCTV produced a Japanese version of "Daywatch" and similar programming for Asahi National Broadcasting Company, Ltd.(ANB), one od the four nation-wide private TV network organizers in Japan and a major JCTV shareholder. ANB, in turn, began selling these programs to its local network operators.

(Keywords: communication, media, telephone, broadcasting, newspaper)

SOURCE: Japanese Journalism Review, 38, 138-151. 1989.
JCTVへゆく
このページのはじめにもどる
テキスト公開にもどる
山田晴通・業績一覧にもどる   

山田晴通研究室にもどる    CAMP Projectへゆく