彼は我々を知り、我々は彼を知らない、という点で、日本は我々に対して大いに優位に立っている。平和時には「汝の隣人を知れ」が肝要であるように、戦時下において最も大切な金言は「汝の敵を知れ」である。 |
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アメリカ人が抱いているような、愚かさや他人真似の才能ばかりを強調した通俗的な日本人像は、誤っている。日本が侮りがたい存在であることは、繊維工業の成功、工業地帯の形成などを見ても明らかだ。そして「科学者である以前に日本人だ」という国益優先の科学者の精神は、日本の科学の最も危険な側面である。人工真珠の成功に発揮された日本人の細かい創造力が今や軍需産業で発揮されているのだ。 ところで、日本では何かが欠けていることが強さの根源となることがある。例えば、日本の家屋は実に住み心地が悪く、日本人は子供の頃から暑さ寒さに耐えることを覚える。このため、日本兵はどんな劣悪な環境にも動じない。同時に、日本ではキリスト教的な個人の価値・尊厳が欠けており、これが集団行動にたけ、一方で死を厭わない日本人を生む。人命軽視は「死して虜囚の辱めを受けず」の戦陣訓ばかりでなく、過酷な労働時間や劣悪な労働環境にも反映されている。また、日本には「良心の呵責」が欠けている。その代わり「国のためになることは何でも正しい」という強力な倫理が働いている。国のためなら商標の不正表示なども平気でやる。 日本の危険性の根本的原因を天皇個人に求めるのは誤りだ。天皇個人はごく無害な人物で、軍部の虜に過ぎない。天皇自身は発言できず、ただ軍部が「陛下のご意志」を理由に征服戦争に走っているのである。 では、日本の弱点は何か。爆撃に弱い都市構造のほかにも、アメリカの国力に対する過小評価、絶対不敗の盲信、規則への固執、復古主義、などがある。最も致命的なのは日本に高度の宗教がないことであろう。このため、日本人の精神生活は浅薄で不安定だ。一方で「大東亜共栄圏」の理想を説いても、アジアにおいて残虐行為を重ねる日本はやがて自らの首を絞めることになるだろう。 |
日本は自然の美に恵まれた美しい国であるが残念なことに今日では、日本の美点は悪の陰に隠れている。日本人には、自分の権利を護るため政府に抗う伝統がない。日本文化の悲劇は、日本人が内からの暴虐に無力だという点にある。 独自の優れた近世文化をもった日本は、維新後急速に西洋近代文明を吸収した。しかし、近代的機器を操作していても、日本人は日本人としての頑強さを保ち続けている。日本の士官は「眠らない訓練」と称して兵士に二十九時間も行進させた後、平気でさらに訓練をさせる。労働者は雇い主に忠実で、労働運動は「思想統制」警察に弾圧されている。また、他の文明国では考えられないほど、女性は奴隷化されている。 日本の教育の要となっている軍事教練は、小学校に始まり、大学においても最優先されている。東京のラジオは少年水兵や少年戦車兵の話題すら報じている。もっとも、国民はまったく一体化しているわけではなく、「危険思想」のレッテルを貼られ、獄中や監視下にある者も少なくない。 かつて効率的であった日本の実業は、軍国化によって歪められた。投資は新たな占領地域へと誘導されたが、政府の無責任な行動はそうした在外資産を危険にさらした。農民は相変わらず貧しく、中間層も蓄えを戦時国債に吸い上げられた。こうして日本は経済的に破綻したしたが、それによって軍事強国となった。日本は占領地で「軍票」を通貨とし、物資を事実上略奪して本国へ送り込んだ。 |
神道は、先祖の敬愛と自然信仰に源を発している。自然界には聖霊が満ちており、自然はそれを受け継いでいる。来世は現世が非物質的に展開することであり、死はある形態から別の形態への変化の過程に過ぎない。したがって、日本人は皆「聖なる存在」である。そのような日本民族の一体性の中心が「統一する聖なる存在」=スベラミコト=天皇である。明治以降の神道組織化の中で、天皇は、国民から親愛と敬愛を集め、国民を慈しみ護る生き神、とされるようになった。 |
宗教や哲学をもたない日本人は天皇崇拝にとりつかれ、民衆の従順を望んだ支配階級はそれを煽った。日本の真の独裁者は天皇個人ではなく「万世一系」の古代神話である。(葉山の)質素な屋敷に住み、海岸に姿を見せる天皇は、自由に電話すらできない囚われの身にある。天皇自身の言葉が民衆に直接、他人の手を加えられることなく伝わることはない。 日本の支配層は、裕福であるはずの天皇に質素な暮しをさせ、それを国民の模範としている。もし、搾取される者が反抗しようとしても、天皇を例に出され、忍耐と服従を強いられるだけである。天皇が六時前に起床する以上、労働者は六時前に起床しなければならないのだ。天皇が普段身につけている装飾品はクロームの腕時計だけだったが、おそらくそれも後には供出されたであろう。 天皇は国政から疎外されており、書類に印を押すことしかしない。大事から疎外された彼は、自然に親しんだり園遊会を開いたりと多くの小事をこなす。天皇が公に姿を現すことは少ない。また、首相といえども十分な理由なく天皇に接見することはできないが、統帥権を楯に取った陸海軍の高官は例外である。天皇の権威を笠に着た軍部の前には、内閣も国会も民衆もただ服従するのみなのだ。 |
「あなたは当然、そうした『歴史的』事実の伝説的性格を正しく見抜いているはずですが、教室で学生と議論するときにはどうするのですか。」 「教室で教えるほうが監獄よりもずっと楽です。許されることだけでも教えたほうが、何も教えないより良いでしょう。」 |
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