企画者に愚痴を一言を言っておく。大学生に薦める本の紹介を大学生がほとんど読まない機関紙に書けというのは、なかなか悩ましい依頼である。この欄を読んで活用できる人がいるとすれば、学生に「お薦めの本は?」とたずねられて返答に窮しているご同輩であろうか。しかし、職業に相応しい教養をもち、専門分野のある教員が、学生への推薦本を挙げられないとは考えにくい。このコラム、本当に誰のために書けばよいのだろう?
とりあえず、私が著者をよく知っている「知人が書いた本」で、読者の専門などとは関係なく「他の本へと読書経験が広がる本」であり、通読ではなく「ときどき拾い読みするのに適した本」という三つの条件を満たす三冊を紹介して、役目を果たそう。
杉原志啓(名は「ゆきひろ」と読む)は音楽評論家として活躍しているが、実は政治思想史家として大学の教壇にも立っている。杉原志啓著『音楽幸福論』(二〇〇四・学習研究社)は、音楽評論家と思想史家の両方の顔を見せながら、極めて個人的な人生観を語る本で、読者を励ます力をもった好ましい本である。もっとも、「文献・音源案内」で杉原が否定的に言及している『箴言集』は私の好きな書物だったりするのだが。
辛淑玉は、新刊の『怒りの方法』も面白いが、個人的な原点を語る辛淑玉著『鬼哭啾啾』(二〇〇三・解放出版社)を推したい。文章の荒削りなところも、在日としての生活、帰国事業が生む悲劇というテーマに呼応して生々しい。ただし、彼女はやはり書き言葉ではなく、話し言葉の人である。
後藤将之著『コミュニケーション論』(一九九九・中公新書)は、上の三条件にあたらないと思う人も多いだろう。この本は、おそらく本人の意図に反し、その「くだけた口調」にもかかわらず難解な本である。しかし、一度放り投げて、拾い上げ、個人的なつぶやきの書として読んでみると、なかなか味がある。
山田晴通研究室にもどる CAMP Projectへゆく