招待講演:2001
地域の情報化から、地域の再構成へ.
地域地理科学会・2001年度大会・シンポジウム報告(岡山大学:2001.06.24.).
地域の情報化から、地域の再構成へ
山田 晴通(東京経済大学コミュニケーション学部)
■地域情報化の図式と実態
「地方から情報化を考える」という観点に立つとき、1980年代以降、省庁間の縄張り争いを背景に様々な形で展開されてきた、一連の「地域情報化」政策を無視することはできない。地域情報化の主張の背景には、社会における全面的な情報化の進行が、もっぱら中央/大都市圏において展開し、地方/小都市・農村部は、放置すれば情報化に取り残されるから、これを是正するための措置が必要だ、という共通した理念が存在していた。地域情報化の諸施策について、一括した評価を試みることは難しく、またあまり意味がない。しかし、中央と地方の情報化の進度の差がもたらす情報格差がこれらの政策によって大きく是正された、と楽観的に評価することは躊躇される。
このような従来からの図式では、近年の情報化の実態を、地方の視点、地域の視点から前向きに捉え直していくことはできない。1980年代以降、通信網の整備と情報機器の普及は、中央・地方、業務・民生を問わず、広く社会に定着、浸透してきた。この過程は、情報化社会の新たなインフラストラクチャーの構築過程にほかならない。物差しの当て方によっては、中央と地方の格差は是正などされず、むしろ拡大しているだろう。しかし、地方における動向に注目すれば、インフラストラクチャーの拡散とともに、中央におけるあり方とは異なる形で、地域ごとに独自性を帯びた情報化が論じられるべき状況が生じているように思われる。
パーソナル・コンピュータに代表される情報機器の普及と、携帯電話から光ファイバー網までを巻き込んだ通信網の再編成の結果、一般家庭ないし、個人レベルにまで浸透が進んだインターネットは、こうした動向の最先端にある。インフラストラクチャーとしてのインターネットは、従来存在した、地理的障壁を含む様々な障壁を乗り越えて、情報を流通させること、検索することを可能にした。もちろん、この新たなインフラストラクチャーが、それ自体の発展のごく初期段階に位置づけられる原始的なものに過ぎないとしても、その出現と定着は、それ自体が社会の構成員に大きな影響を及ぼすものである。地域行政の末端では、情報機器が普及によって、既成の組織内における業務のあり方や、権力構造が、静かにではあるが確実に変化しようとしている。
■再構成される地域
地域社会は、従来から、地域に身を置く人々の相互作用の束として把握されてきた。商圏、通勤圏、通婚圏、等々の概念は、人々の相互作用の特定の局面に注目したものということになろう。情報化の進展とともに、新たな機器やネットワークが創出され、普及して行けば、こうした相互作用における情報交流/コミュニケーションの局面と、何らかの意味での直接接触を不可欠とする局面とは、分離され、両者の関係は変化することになる。新たなコミュニケーション手段の出現は、連鎖的に人々の相互作用の形態を変えて行く。
情報化の進行は、地域社会に新たなコミュニケーションの回路を作り、新たな情報の流れをもたらすが、その動きは従来の地域社会の枠組みをなぞりながらも、その内部構造に変革をもたらす。また、その動きは既存のシステムの枠組み内にとどまらない広がりを見せ、システムを開放系へと変化させてゆく。現実の地域社会と並行して、その構成員を中心としたネット上のヴァーチャル・コミュニティが、例えば頻繁にやりとりのあるメーリングリストのような形で成立し、そこにはリアル・コミュニティとしての地域社会から見れば外部に位置する者も参画する、といった状況は、判りやすい形でこれからの地域のあり方を先取りして体現していると言ってよい。
当然のことではあるが、生身をもった人間として現実空間のどこかに位置する限り、我々は具体的な地域での生活から逃れることはできない。しかし、ヴァーチャル・コミュニティは、具体的な地域というリアル・コミュニティと絡み合うことで、そこに新たな変化を引き起こす可能性を秘めている。定住者ではなくても、しばしばその地域に通い、関わりを持つ者は、ヴァーチャル・コミュニティを介して、その地域への新たな参画者/ステイク・ホルダーとなることが可能になる。さらに、積極的な参画者でなくとも、外部の観察者が存在し、それが意識されるようになれば、ヴァーチャル・コミュニティにおける動きは、リアル・コミュニティにも徐々に反映されて行くことになろう。
■情報発信から情報公開へ、そして開かれた地域へ
かつての地域情報化の議論の中では、中央と地方の情報格差を克服するために「地域からの情報発信」の必要が力説された。知って欲しい情報を売り込む(プッシュする)情報発信という形態は、一見すると情報化への前向きな取り組みだと思われるかもしれない。しかし、今日の視点から見れば、情報を原則として機構内に抱え込み、必要に応じて外向きに発信、公開するという姿勢は、実はかなり後ろ向きと見なせるだろう。
もちろん、プライバシー権をはじめ人権への考慮や、その他の正当な理由から、無差別な情報公開にそぐわない「公開すべきでない情報」は存在しよう。しかし、地域社会を構成する、行政を含めた公的団体が、その社会的な責任(特に説明責任)を果たすために、例えば広報活動や情報公開制度を踏まえた情報開示に取り組むべきことは、当然である。最近では、情報公開制度との関係もあって、公文書館を整備する自治体が増えつつあるが、公共性のある団体には「公開すべきでない情報」はあっても、「公開に値しない情報」などは存在しない。また「公開すべきでない情報」についても、その「公開しない理由」は当然「公開」されるべきである。
現実の様々な社会的システムは、その性格によって開放の程度は多様であるし、システムの安定性もダイナミズムもそれぞれに異なっている。しかし、情報化の全般的な進展とともに、開放系への移行が、地域社会というスケールにおいても、地域の行政組織というスケールにおいても、より一層強く求められることは間違いない。公的団体のもとに既に存在する情報(特にテキスト化された情報)は、取捨選択されることなく、すべてアーカイブとしてウェブ上に置かれることが原則化されてもよいはずだ。また、私的企業であっても、程度の差こそあれ社会的責任を負う存在である以上、同様の社会的要請が生じることは言うまでもない。
情報化は、従来存在した技術的困難を克服し、特に公的部門における情報公開への流れを加速させる。地域社会において、諸団体の情報公開が進み、これと並行して個人レベルの情報化が進行して行けば、開放系としての地域、という観点からのインフラストラクチャー整備や、ソフト面での地域イメージ戦略などが「地域づくり」の上でいよいよ重要性を増して行く。もちろん、こうした変化は、分野によって進行の速度が異なる。また、こうした展開の陰で生じるディジタル・ディバイドの問題には十分な配慮が必要である。しかし、「開かれた地域」を目指す地域の再構成への取り組みが、すべての地域のすべての分野で、それぞれの異なる姿をとりながら、大きな課題として浮上してくることは間違いない。
この学会発表をもとにまとめられた論文:「地域の情報化から、地域の再構成へ」
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