北米日系新聞関係日本語文献表
この文献表は、北米(ハワイを含む)の日系新聞に関する内容で、日本語によって発表された文献を、著者名の五十音順に列挙したものである。この文献表の作成作業は、日系新聞研究会の活動成果を踏まえたものであり、研究会に関係される多くの方々から御協力を頂戴した。しかし、文献検索は、もとより完全なものではあり得ない。また、現段階では、相当数の文献について現物による確認を果していない。
文献の選択にあたっては、主として日系新聞について論じているものは小文でも拾い、日系人社会論やエスニック・プレス論の中で簡単に日系新聞に関する記述があるという程度のものは省いた。日系新聞関係者の評伝などは、全般的なもの、日系新聞関係を中心とするものを取り上げ、焦点が日系新聞に置かれていないものは省いた。また、放送関係の文献も割愛した。
取り上げる文献は、現代の学術論文を中心とするよう心がけたが、随筆やノンフィクション文学、あるいは新聞・雑誌の署名記事やコラムなども数多く含まれている。基本的には精選主義ではなく、確認できた文献はできるだけ掲載するという方針に立っている。
過去の日系新聞の復刻については、解説記事などを個別論文として取り上げるにとどめた。また、戦前に刊行された文献は、研究論文等によく引用される代表的なもの、ないしは、比較的入手しやすいものだけを取り上げた。
なお、参考までに、筆者の手元にある北米以外の日系新聞に関する文献をまとめ、<補足1>として示した。これについては、北米関係以上に不十分なリストに過ぎない。また、文献収集を試みる方のために、主要な関係組織の連絡先を<補足2>として示した。
<凡例>
書誌の記載は下記の例による。現物を確認していないものは、書誌を一部欠く場合がある。なお、雑誌論文等で、表題や連名執筆者の順序に異同のある場合は、目次よりも論文冒頭の表記を優先させた。
- 単行本
- 単行本所収論文
- 雑誌論文
- 新聞署名記事[全国紙は縮刷版=東京本社版による]
書誌の後に置かれた[ ]内の記載は、山田の責任による。執筆者らの肩書きの紹介は、特に記載のない限り文献発表時のもの。
星印の記号は、1994年1月現在で、★松商学園短期大学図書館、☆松本市中央図書館における所蔵状況を確認したものである。
北米日系新聞関係日本語文献表(最終更新:2002.12.05.)
- 新井勝紘(1982・10):
アメリカで発行された新聞『大日本』考.
田中正造とその時代,3.
[未見]
- 新井勝紘(1985・11):
渡米民権家の思想と意識.
週間読書人,1985年11月11日.
[未見]
- 新井勝紘(1986・09):
自由民権期の渡米邦人活動史(序).
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp233〜256.
[★:19世紀末のサンフランシスコを拠点とした青年民権家たちの活動と、それを支えた基盤としての福音会の存在などについて、研究課題を整理している。]
- 新井勝紘・田村紀雄(1983・12):
自由民権期における桑港湾岸地区の活動.
東京経済大学人文自然科学論集,65,pp75〜136.
[★:『新日本』を中心に、『東雲』や、愛国同盟の『第19世紀』などを紹介。1885〜1895年の「在米邦人活動史関係年表」を付す。]
- 有山輝雄(1986・09):
雑誌『遠征』の言論活動−一八九〇年代サンフランシスコにおける「有志」の軌跡−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp257〜278.
[★:在米日本人を対象とした雑誌『遠征』(1891〜1893?)の言論の軌跡を追い、その主張が排日圧力の中で自己矛盾を抱えて閉塞していく姿を描いている。]
- 有山輝雄(1987):
明治二十年代地方青年と在米民権家.
日本歴史,467,pp75〜78.
[自由民権運動期に、地方の民権家による雑誌と在米の雑誌の交換状況や、人的交流の事例(永井元)を紹介。]
- 有山輝雄(1995・12):
一九二四年移民法と『羅府新報』.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp173〜196.
[]
- 飯田耕二郎(1995・12):
ハワイ・日系キリスト教会の草創期の機関紙.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp13〜38.
[]
- 飯野正子(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第4巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp3〜6.
[第4巻の収録範囲は、1943年8月16日〜12月15日。戦況、再定住、忠誠審査、二世志願兵に関する『ユタ日報』の報道の解説。]
- 飯野正子(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第5巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp3〜6.
[第5巻の収録範囲は、1943年12月17日〜1944年8月18日。戦況、再定住/転住所閉鎖、不忠誠者隔離、二世志願兵/徴兵に関する『ユタ日報』の報道の解説。]
- 石原嵩(1989・10):
漸増予想の衛星版紙 問われる現地日系紙との関係.
海外日系人,25,pp58〜59.
[★:石原は、『羅府新報』編集長。]
- イチオカ,ユージ(市岡雄二)(1986・09):
安孫子久太郎−永住を主唱した在米日本人先駆者−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp195〜231.
[★:安孫子(1865〜1936:1885年渡米)は、『日米新聞』はじめ各種の事業を興した事業家。「出稼ぎ根性」を批判して定住を説いた。ICHIOKA et al.(1984・12)の ICHIOKA の執筆分に加筆したもの。]
- ICHIOKA,Yuji・田村紀雄・山本英政・阪田安雄(1984・12):
安孫子久太郎−永住を主唱した『日米』新聞経営者−.
東京経済大学人文自然科学論集,68,pp61〜96.
[★:イチオカ(1986・09)の基となった内容に加え、安孫子が関係したヤマトコロニーの建設経過や、『日米』の前身『ジャパン・ヘラルド』についての記述がある。]
- 伊藤一男(1973):
『北米百年桜(正・続)』日貿出版社.(PMC出版から復刻)
[未見]
- 伊藤一男(1977・05):
日系マスコミ視察報告.
海外日系人,1,.
[未見]
- 伊藤一男(1984・10):
海外初の邦字紙「東雲雑誌」を発見.
海外日系人,16,pp26〜27.
[★:発見の経緯を簡潔に紹介。次号に内容を紹介する旨の予告があるが、果たされなかったようである。]
- 伊藤一男(1986・09):
米国西北部の帰国知識人.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp327〜336.
[★:清沢洌(『北米時事』『新世界新聞』)についても記述あり、pp329〜333。]
- ウエウンテン,ウエスリー(1995・12):
ハワイの日系二、三世と『ハワイ・ヘラルド』.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp249〜268.
[]
- 蛯原八郎(1936・01):
『海外邦字新聞雑誌史』学而書院,11+6+372ps.
[蛯原は、宮武外骨の下、東京大学の明治新聞雑誌文庫で研究に当たり、『日本欧字新聞雑誌史』、『明治文学雑記』などを著した人物。本書は海外全域を対象に、邦字紙誌について網羅的記述を試みたもので、本書によってのみその存在を伝えられる紙誌も少なくない。巻末には、附録として「海外邦人外字新聞雑誌史」(pp317〜345)、「海外邦字新聞雑誌創刊改題年表」(pp349〜372)も収められている。本書には、名著普及会による復刻版(1980年)がある。]
- 円福昭道(1986・10):
海外日本語新聞の行方は・・・.
海外日系人,19,pp41〜43.
[★:円福は、『ハワイ報知』社長。]
- 大石益光(1979・10):
ハワイの邦字紙を経営して.
別冊新聞研究,9,pp6〜7.
[★:大石は、『ハワイ報知』を経営する静岡新聞社の社長。]
- 大野芳(1984・12):
『羅府に斃る』潮出版社,301ps.
[『加州毎日』創刊者・藤井整の伝記。ただし、重点は「外国人土地法」との戦いに置かれている。研究書ではなく、ノンフィクション文学の作品。]
- 大山恵佐(1949):
『星一評伝−努力と信念の人』共和書房.
[未見:星は、『日米週報』の共同創刊者。小説家・星新一の父。]
- 小沢武雄(1979・10):
アメリカに架けた橋.
別冊新聞研究,9,pp2〜3.
[★]
- 海外日系人<無署名>(1977・10):
人と人 信州が生んだジャーナリスト 安曇穂明.
海外日系人,2,pp53〜54.
[★:安曇は、月刊誌『日本とアメリカ』などに関係した。]
- 海外日系人<無署名>(1983・10):
海外日系新聞協会創立10周年特集.
海外日系人,14,pp8〜24.
[★:「一九八三年は海外日系人交流元年」「南米各地に開いた文流の輪」「フィリピン日系社会に初の光」の三部構成。]
- 海外日系人<無署名>(1985・05):
第十一回海外日系新聞協会年次総会 国際交流に果たす役割と新しい移住時代への対応を二大テーマに.
海外日系人,17,pp8〜22.
[★:参加者代表の発言に紙面の大半が割かれ、この段階での海外日系メディアの状況を展望する上で参考になる。]
- 海外日系紙<編集部>(1987・10):
アンケート・転換期の海外日系新聞 現状と展望を聞く.
海外日系人,21,pp32〜47.
[★:『カナダタイムス』、『ハワイ報知』、『羅府新報』、『にちぼく新聞』(メキシコ)、『サンパウロ新聞』、『日系ジャーナル』(パラグァイ)、『ペルー新報』の7紙を対象に、7問に絞って意見を求めたもの。]
- 海外日系紙<編集部>(1988・04):
第十四回海外日系新聞大会開く.
海外日系人,22,pp40〜59.
[★:討議(pp48〜59)の後半で、大手紙衛星版との関係が論じられている部分などは、重要な上、やりとりも生々しい。]
- 佳知晃子(1984・08):
海の向こうの女の戦後 日系米人調査から(中).
朝日新聞,1984年8月23日・家庭面.
[★☆:『ユタ日報』を訪問し、寺澤國子にインタビューしたもの。]
- 蒲池紀生(1986・09):
ニューヨークにおける星一の新聞・雑誌活動.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp311〜325.
[★:主として、大山(1949)を踏まえた記述。]
- 上坂冬子(1985・07):
『おばあちゃんのユタ日報』文藝春秋,253ps.
[☆:『ユタ日報』と寺澤國子について、一般的に知られるきっかけを作った本。当初、『信濃毎日新聞』に「信州女のユタ日報」と題して連載(1985年3月1日〜7月4日:86回)された内容を基に、加筆修正を加えてある。後に文春文庫化。]
- 北岡伸一(1987・01):
『清沢洌−日米関係への洞察−』中央公論社 (中公新書 828),vi+201ps.
[☆:清沢に関する最もまとまった評伝。巻末の文献表は清沢研究の全体像を知るのに有益。ただし、『北米時事』『新世界』に関わったアメリカ時代に関する記述は簡単なもの(pp9〜15)でしかない。]
- 北岡伸一(1988・03):
若き日の清沢洌−サンフランシスコ邦字紙『新世界』より−.
思想,765,pp58〜73
.
[清沢の『新世界』における執筆記事の分析を通して、当時の清沢の思想を整理し、後年の外交論における論調との共通性などを明らかにしている。]
- 工藤信一良(1979・10):
不思議な存在の邦字紙.
別冊新聞研究,9,pp5〜6.
[★]
- 窪島誠一郎(1982・06):
開拓の精神脈々と シスコの信州人.
信濃毎日新聞,1982年6月12日(夕刊)・文化面.
[☆:松尾あきら(『北米毎日』編集局長)などを紹介。]
- 粂井輝子(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第6巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp5〜8.
[第6巻の収録範囲は、1944年8月21日〜1945年4月23日。日本の敗戦に向かう戦況を『ユタ日報』の短歌・俳句を通して追った解説。]
- 粂井輝子(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第7巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp3〜6.
[第7巻の収録範囲は、1945年4月25日〜12月28日。終戦前後の状況を『ユタ日報』の短歌・俳句をまじえて解説。]
- 小玉美意子(1983・05):
アメリカの地域メディア.
田村紀雄・編『地域メディア』日本評論社,pp92〜108(第4章・II).
[日系新聞に関する記載は、pp98〜102。]
- 小玉美意子(1986・09):
シンポジウムの視角.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp367〜385.
[★:田村ら日系新聞研究会の1984年11月シンポジウムの総括。]
- 小玉美意子・田村紀雄(1983・07):
コロラド日系新聞小史.
東京経済大学人文自然科学論集,64,pp101〜157.
[★:コロラドでは、戦時中も日系紙が発行された。戦時中の『格州時事』の内容紹介を中心に、戦後の『ロッキー・マウンテン時報』も紹介しつつ、日系紙の英語欄について考察を加えている。]
- 小林多寿子(1993・04):
トロントの日系社会形成と日系新聞−1950年代の「大陸時報」分析−.
浦和論叢(浦和短期大学),10,pp97〜130.
[★:戦時期の東部への移動によって新たに日系人コミュニティが成長したトロントで、『大陸時報』がどのような言説によって都市への適応を促したかを分析している。]
- 佐伯(サイキ),バリー・田村紀雄・白水繁彦(1982・11):
アメリカ戦時収容所の新聞活動−「エル・ウォーキン」と「アウトポスト」−.
東京経済大学人文自然科学論集,62,pp175〜208.
[★:スタックトン仮収容所、ローワー戦時収容所で新聞づくりに関係した佐伯の報告(pp184〜188)と田村らによる質疑(pp189〜206)。編集と検閲の関係など、興味深い証言がある。]
- 在米日本人会・編(1940):
『在米日本人史』(桑港市).(1984年にPMC出版から復刻)
[未見]
- 榊原亀之甫(1972・01):
アメリカの邦字新聞・今と昔.
総合ジャーナリズム研究,59,pp32〜41.
[歴史的回顧と現状分析の両面で、目配りのよく利いた優れた概説。ただし、歴史的事項の記載には、その後の研究に従うべき点もあろうかと思われる。]
- 榊原亀之甫(1979・10):
日系社会とのつきあい.
別冊新聞研究,9,pp3〜5.
[★:榊原は、『北米毎日新聞』東京支社長。]
- 阪田安雄(1985・09):
紐育駐在事初メ.
海外駐在,1985年9月号.
[未見]
- 阪田安雄(1986・09):
脱亜の志士と閉ざされた白●人の楽園−民権派書生と米国に於ける黄色人種排斥−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp47〜193.
[★]
- 阪田安雄(1995・12):
『加州毎日新聞』と藤井整の周辺.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp121〜143.
[]
- 篠田左多江(1994・12):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第1巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp7〜8.
[第1巻の収録範囲は、1941年1月1日〜9月19日。開戦前の日系社会と『ユタ日報』についての解説。]
- 篠田左多江(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第2巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp3〜6.
[第2巻の収録範囲は、1941年9月22日〜1942年8月7日。開戦から強制収容へ、『ユタ日報』の報道を通した解説。]
- 篠田左多江(1995・08):
解題.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第3巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp3〜6.
[第3巻の収録範囲は、1942年8月10日〜1943年4月14日。『ユタ日報』の紙面に表れた収容所生活についての解説。]
- 白水繁彦(1982・12):
変わりゆく北米の日系新聞.
新聞研究,377,pp58〜63.
[日系紙を「比較的大規模な日系新聞」、「オーソドックスな日系新聞」、「新しい傾向の日系新聞」、「市民運動型の新聞」に整理した上で、今後を展望。]
- 白水繁彦(1983・12):
カナダにおける日系新聞の役割と現状.
海外日系新聞協会・編『報道関係者等国際交流(海外日系新聞)十年の歩み』.
[カナダにおける日系紙の歴史を概説し、日系紙が、その時代ごとに変動する「日系人社会」「カナダ」「日本」の三者関係の中で、変化を遂げてきたとする視点を提示する。]
- 白水繁彦(1984):
カナダのエスニック・プレス.
カナダ研究年報,5.
[カナダにおけるエスニック・プレス全般の歴史的展望だが、日系紙の事例も各時代ごとに触れてある。]
- 白水繁彦(1985・10):
三〇年代の青春・二世と日系新聞.
ハワイ報知,1985年10月11日・18日.
[未見]
- 白水繁彦(1986・09):
ハワイ日系新聞人の適応のストラテジー.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp279〜310.
[★]
- 白水繁彦・編(1986・09):
北米初期日系新聞関係年表.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp435〜453.
[★:1855年〜1941年の範囲。]
- 白水繁彦・田村紀雄(1983・03):
カナダにおける日系新聞発達小史.
東京経済大学人文自然科学論集,63,pp37〜62.
[★:バンクーバーの日系紙、『晩香週報』、『大陸日報』、『日刊民衆』、『ニュー・カナディアン』(戦時中にトロントへ移動)を中心に、カナダの日系紙の歴史を概説。]
- 白水繁彦・田村紀雄(1984・07):
ハワイ日系プレス小史(上).
東京経済大学人文自然科学論集,67,pp57〜88.
[★:序論、ハワイ日系コミュニティ略史と、1907年以前の日系プレス略史。この論文のみ白水・田村の連名、以下、田村・白水の連名。]
- 新保満(1987):
カナダの日系紙と日系社会.
移住研究(国際協力事業団),24,pp1〜14.
[カナダの日系紙史の簡潔な概説。]
- 新保満・田村紀雄(1983・11):
戦前カナダの日系紙(上)−一世の新聞と二世の新聞−.
東京経大学会誌,133,pp317〜343.
[★:白水・田村(1983・03)を補完する形で、初期の「一世の新聞」の成立事情について、より詳細な検討を加えている。]
- 新保満・田村紀雄(1984):
戦前カナダの日系紙(中).
東京経大学会誌,135,pp99〜143.
[★:1910年代の『加奈太新報』と『大陸日報』の対立(同化/反同化)の構造の分析が中心。類似例として、1900年のサンフランシスコにおける「不敬」事件の事例も紹介されている。]
- 新保満・田村紀雄(1984・06):
戦前カナダの日系紙(下).
東京経大学会誌,136,pp221〜249.
[★:1920年代以降の展開と、「二世の新聞」 New Canadian を踏まえ、同化の視点から「一世の新聞」と「二世の新聞」を対比する。]
- 新保満・田村紀雄・白水繁彦(1991):
『カナダの日本語新聞』PMC出版,288ps.
[☆]
- 関口英男(1984・12):
アメリカにおける横川省三(その一)−邦字新聞編集者としての事蹟.
帝京経済学研究,18(1・2),pp353〜366.
[★:青年民権家、従軍記者、大陸探検家(あるいは「露探」)として知られる横川(1865〜1905)が、『朝日新聞』を辞して渡米(1897〜1998)するまでの事情。]
- 関口英男(1985・12):
自由民権運動に占める邦人新聞の意義−アメリカにおける横川省三(その二).
帝京経済学研究,19(1・2),pp235〜259.
[★:横川が創刊した民権派の新聞『桑港日本新聞』と、横川のハワイ移民会社での活動(1988〜1990)をまとめている。]
- 関口英男(1986・09):
杉村八重充−一九一九−一九六七−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp337〜344.
[★:杉村は『北米時事』『羅府新報』記者。]
- 高須正郎(1978・08):
アメリカ3都市の日系新聞.
日本新聞協会研究所年報,1977年度2号,pp43〜51.
[『別冊新聞研究』の聴取作業で、春原と渡米(1978年)した記録。SF、LA、ホノルルの日系メディアの現状報告。]
- 高須正郎(1978・10):
アメリカ−西海岸・ハワイの 邦字新聞視察記.
総合ジャーナリズム研究,86,pp38〜47.
[『別冊新聞研究』の聴取作業で、春原と渡米(1978年)した際の、エピソードも交えた記録。]
- 高須正郎(1983・12):
ニューヨーク日系紙の変遷と発展.
別冊新聞研究,17,p8.
[★]
- 高須正郎(1987・04):
大手紙の海外現地発行と海外日系紙.
海外日系人,20,pp36〜37.
[★:大手紙の現地発行と日系紙の棲み分けを論じる。]
- 高須正郎・聴取(1983・12):
聴きとりでつづる新聞史 貴田愛作.
別冊新聞研究,17,pp9〜19.
[★:貴田は、『北米新報』社長。]
- 田村紀雄(1982・06):
急がれる日系新聞の研究.
共同通信配信.
[未見:『信濃毎日新聞』にも掲載されたらしいが掲載日が不明。]
- 田村紀雄(1982・10):
日系新聞の総合所蔵目録づくり.
海外日系人,11,p7.
[★:資料の所在に関する情報の提供を求めた呼びかけ。]
- 田村紀雄(1982・10):
生き延びるか、米国の日系新聞.
朝日ジャーナル,1982年10月22日号,pp98〜101.
[☆:設備の老朽化、生活情報媒体としての意義、日本語読者の後退といった状況を概説。]
- 田村紀雄(1983):
『シカゴ新報』の成立と日系人左翼の役割.
内川芳美・編『清水英夫教授還暦記念論文集 法とジャーナリズム』日本評論社.
[戦時下の強制移住の結果、日系人コミュニティが拡大したシカゴで、戦後すぐ(1945年11月)創刊された『シカゴ新報』の事情を、マッカーシー旋風で藤井寮一が去る1953年までの時期について紹介。]
- 田村紀雄(1983・02):
いま、何故、移民のミニコミか.
思想の科学,別冊29.
[未見]
- 田村紀雄(1983・12):
日系新聞の変遷と現状.
朝日新聞,1983年12月2日(夕刊)・文化面.
[★☆:米国の日系紙の名を一通り挙げながら、研究の現状を紹介。]
- 田村紀雄(1983・12):
コミュニティ・ペーパーとしての日系新聞の役割.
海外日系新聞協会・編『報道関係者等国際交流(海外日系新聞)十年の歩み』.
[米国におけるエスニック・プレスの全体像の紹介。CATVへの進出についても触れている。]
- 田村紀雄(1984・01):
コミュニケーションと地域文化−移民新聞を手がかりに−.
井上俊・編『地域文化の社会学』世界思想社.
[未見]
- 田村紀雄(1984・11):
明治期米国の日系社会は何をよんだか.
田中正造の世界,16.
[未見]
- 田村紀雄(1985・02):
『ユタ日報』と国際シンポジウム.
新聞通信調査会報,267,pp10〜13.
[日系新聞研究会が関係した1984・1985年の国際シンポジウムの紹介と、田村・東元(1984・11)に基づく『ユタ日報』の紹介。]
- 田村紀雄(1985・03):
国産技術の海外移転−アメリカ日系社会の場合.
田村紀雄・市村章子・編『ガリ版文化史−手づくりメディアの物語』新宿書房,pp240〜243.
[ガリ版は、1892年以前は日系新聞の主流であり、その後も収容所内や、戦後のミニコミなどで用いられた。]
- 田村紀雄(1985・08):
アメリカの日系新聞百年.
読売新聞,4回連載(1985年8月20〜23日:夕刊)・文化面.
[☆:4回の見出しは「驚異の部数増」「戦争で休廃刊」「明治期の知性」「戦後二世が再建」。同年9月に『羅府新報』に転載。]
- 田村紀雄(1986・09):
概説 初期の米国日系新聞の流れ.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp1〜45.
[★]
- 田村紀雄(1986・09):
共同研究の方法論−「あとがき」にかえて−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp387〜428.
[★:田村ら日系新聞研究会の活動の経緯が詳しく報告されている。]
- 田村紀雄(1987・03):
反ファシズムの新聞『同胞』−1937年〜1942年−.
東京経済大学人文自然科学論集,78,pp139〜178.
[★:カール・ヨネダの寄稿「藤井周而と私」を含む。]
- 田村紀雄(1987・06):
梅月高市と『日刊民衆』−カナダ日系人「キャンプミル労組」の機関紙活動−.
東京経大学会誌,151,pp235〜272.
[★:『労働週報』創刊(1920)から、『日刊民衆』の運営を鈴木悦から引き継ぐ(1932)までの梅月を軸に、当時のカナダにおける日本人労働者の労働運動を紹介。]
- 田村紀雄(1987・09):
30年代日系左翼の日本への定期刊行物活動.
東京経大学会誌,152,pp289〜311.
[★:コミンテルンの戦略展開を背景に、『国際通信』など、米国ルートで日本に送られた1930年代半ばのパンフレット類の実態を描く。]
- 田村紀雄(1988・08):
解題.
田村紀雄・監修『同胞−アメリカの反ファシズム日系新聞 一九三七年〜一九四二年−』御茶の水書房,(ページ記載なし、4ps).
[編集発行人・藤井周而はじめ関係者の横顔を紹介。]
- 田村紀雄(1988・08):
反ファシズムの新聞『同胞』−1937年〜1942年−.
田村紀雄・監修『同胞−アメリカの反ファシズム日系新聞 一九三七年〜一九四二年−』御茶の水書房,付録冊子,40ps.
[田村(1987・03)を一部補正したもの。]
- 田村紀雄(1989・07):
不況下の『日刊民衆』−1929年〜1936年の Camp Mill Union−.
東京経済大学人文自然科学論集,82,pp47〜85.
[★:同化志向の強かったキャンプ・ミル労組の機関紙『日刊民衆』の、大不況時における主張を追ったもの。]
- 田村紀雄(1991・10):
『アメリカの日本語新聞』新潮社,236ps.
[☆]
- 田村紀雄(1991・12):
1937年日中戦争時の『日刊民衆』−日本人労組 Local 31 と会社町 Ocean Falls−.
東京経済大学人文自然科学論集,89,pp143〜157.
[★:機関紙『日刊民衆』の紙面から、オーシャン・フォールズにおける日本人・白人統一組合結成の背景を明らかにする。]
- 田村紀雄(1992・07):
足尾鉱毒問題をめぐる不敬事件−1902年 桑港『喜の音』雑誌の顛末−.
東京経済大学人文自然科学論集,91,pp91〜101.
[★:美以教会機関紙『喜の音』における左近義弼の言論を追う。]
- 田村紀雄(1992・12):
『鈴木悦−カナダと日本を結んだジャーナリスト』リブロポート,305+v ps.
[『萬朝報』『朝日新聞』を経て1918年にカナダへ、『大陸日報』主筆を経て『日刊民衆』を創刊した鈴木悦(1886〜1933)の評伝。]
- 田村紀雄(1992・12):
解説「ユタ日報」.
田村紀雄・編『復刻「ユタ日報」(一九四〇〜一九四五)』五月書房,pp373〜386.
[☆:戦時期の『ユタ日報』の紙面を抜粋紹介した<復刻版>の解説だが、『ユタ日報』の通史的解説として最も的確にまとめられた重要な記述である。ただし、注意すべき誤植が若干ある。]
- 田村紀雄(1993・03):
1880〜1910、 Portland 日本語新聞と伴新三郎−外交官辞し、日本語新聞発刊へ−.
東京経済大学人文自然科学論集,93,pp65〜89.
[★:オレゴン州における初期の日本人の足跡と、外交官から実業に転じ、『オレゴン新報』などポートランドの日系新聞を支えた伴の活動、ホスト社会の日本人に対する姿勢などが描かれている。]
- 田村紀雄(1993・06):
おばあちゃん達の『ユタ日報』.
図書,586,pp18〜21.
[★☆(どちらも短期保存):寺澤畔夫死去前後の事情などを紹介。]
- 田村紀雄(1993・10):
提言 海外日系新聞の灯をともし続ける道 コミュニティに根を張れ.
海外日系人,33,pp6〜8.
[★:海外日系新聞の総体的な退潮傾向に対し、アイデンティティの拠り所としての日系新聞の存在意義を強調し、コミュニティ情報の重視によって存続を図るべきことを主張している。]
- 田村紀雄(1994・03):
Kauai島『洋園時報』創刊の背景−1920年日・比耕地労働者のゼネストの中から−.
東京経済大学人文自然科学論集,96,pp165〜180.
[]
- 田村紀雄(1995・06):
『日刊民衆』終刊事情 −日米開戦とバンクーバーLocal 31−.
コミュニケーション科学(東京経済大学),3,pp27〜41.
[Local 31(加奈陀日本人労働組合の後身)機関誌『日刊民衆』の開戦直前の紙面内容の特徴と、開戦による刊行停止〜解体の事情。]
- 田村紀雄(1995・08):
ラジオ・トウキョウ、『ユタ日報』で伝えられた大本営発表.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第7巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp429〜434.
[戦時下の『ユタ日報』が、かなり大胆な日本よりのニュースを掲載できた背景を、短波放送、検閲との関係から解説している。]
- 田村紀雄・編(1995・12):
『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,309ps.
[本書所収の論文は、個別に再掲する。]
- 田村紀雄(1995・12):
ポートランドの新聞事情と伴新三郎.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp39〜79.
[田村(1993・03)を一部補正したもの。]
- 田村紀雄(1995・12):
海を渡った田中正造直訴ニュース.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp81〜100.
[田村(1992・07)を一部補正したもの。]
- 田村紀雄(1995・12):
一九二〇年耕地ゼネストと『洋園時報』.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp145〜172.
[田村(1994・03)を一部補正したもの。]
- 田村紀雄(1995・12):
反ファシズムの新聞『同胞』.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp269〜308.
[]
- 田村紀雄(1997・02):
New Canadian の創刊とその晩香坡時代−1938〜1942−.
東京経済大学人文自然科学論集,103,pp47〜58.
[]
- 田村紀雄(1997・05):
『ニューヨーク日米』とララ物資.
図書(岩波書店),576,pp30-36.
[]
- 田村紀雄(1998・02):
戦時日系人移動と世論形成過程−The Vancouver Sun と The New Canadian−.
東京経済大学人文自然科学論集,105,pp79〜94.
[]
- 田村紀雄(1999・01):
戦時,Kasloの日本語新聞−The New Canadian と The Kootenaian,文化の交差点−.
東京経済大学人文自然科学論集,107,pp37-58.
[]
- 田村紀雄(1999・10):
The New Canadian エスニック集団の機関紙−1943.4〜1945.7−.
東京経済大学人文自然科学論集,108,pp57-80.
[]
- 田村紀雄(2000・03):
日系ランバージャック達の団結−IWW系機関紙群と『大陸日報』の役割−.
東京経済大学人文自然科学論集,109,pp29-54.
[]
- 田村紀雄・有山輝雄(1987・03):
1924年移民法と日系新聞.
東京経済大学人文自然科学論集,75,pp135〜168.
[★:1924年の「排日」移民法をめぐる状況を、『羅府新報』の論調を通して整理している。]
- 田村紀雄・飯田耕二郎(1993・07):
ハワイ初期の日本語新聞−1880〜1930.キリスト教会を中心に.
東京経済大学人文自然科学論集,94,pp61〜93.
[★:教会機関紙なども含めた、ハワイ初期の日本語新聞の展望。ロバート・パークの指導を受けた大下角一の研究の紹介も重要。]
- 田村紀雄・岩田三男・山本英政・服部秀夫・日吉昭彦(1998・10):
亜国・日本語新聞と「出稼ぎ」労働者−『らぷらた報知』『亜国日報』の役割−.
コミュニケーション科学(東京経済大学),9,pp61〜80.
[1980年代後半以降、アルゼンチンの日本語新聞が、日系人の日本への「出稼ぎ」の流れにどう対応したかを、紙面分析などを踏まえてまとめた論文。冒頭の4ページほどはアルゼンチンの日本語新聞の概要説明になっている。]
- 田村紀雄・大澤 隆(1994・07):
『蒸氣船』新聞と萌芽期の桑港日本町 -大澤栄三の活動を中心に-.
東京経済大学人文自然科学論集,97,pp3〜32.
[]
- 田村紀雄・蒲池紀生・芳賀武(1985・03):
紐育日系新聞小史.
東京経大学会誌,140,pp119〜158.
[★:星一創刊の『日米週報』を中心にニューヨークにおける日系紙の歴史を紹介した上で、戦後の有力紙『北米新報』(現『ニューヨーク日米新聞』)の創刊者・芳賀へのインタビューを採録。]
- 田村紀雄・坂口満宏(1992・12):
シアトル初期の日本語新聞.
東京経済大学人文自然科学論集,92,pp39〜70.
[★:1989年から1942年の強制収容に至る時期にシアトルに存在した日本語新聞についての包括的な研究。]
- 田村紀雄・白水繁彦(1982・09):
在米日系新聞の発達史研究序説.
東京経済大学人文自然科学論集,61,pp33〜90.
[★:この時点における最も包括的な概説。組織的な研究の必要を提起した点が重要である。]
- 田村紀雄・白水繁彦(1985・03):
ハワイ日系プレス小史(中).
東京経済大学人文自然科学論集,69,pp145〜196.
[★:1908年〜1941年。(上)は白水・田村(1984・07)。]
- 田村紀雄・白水繁彦・編(1986・09):
『米国初期の日本語新聞』勁草書房,xi+453+10ps.
[★:本書所収の論文は、(日系人についての概説である、サエキ・山本論文を除いて)個別に再掲する。]
- 田村紀雄・白水繁彦(1986・12):
ハワイ日系プレス小史(下・前篇).
東京経済大学人文自然科学論集,74,pp163〜228.
[★:当初、予告された構成とはやや異なり、日米開戦前後のハワイにおける社会構造と社会意識が多角的に検討されている。メディアの置かれていた状況も浮彫りにされている。なお、(下・後篇)は未刊。]
- 田村紀雄・新保満(1986・03):
戦時中カナダの日系紙(上)−『ニュー・カナディアン』の分析−.
東京経大学会誌,145,pp233〜267.
[★:新保・田村(1984・06)に続く形で、戦時中の日系人の状況や、NC紙の役割、NCへの投書などが紹介されている。]
- 田村紀雄・新保満(1986・09):
戦時中カナダの日系紙(中).
東京経大学会誌,147,pp271〜309.
[★:NC紙面から読み取られる戦時下日系カナダ人の状況を、米国『トパーズ時報』と対比して、検討している。]
- 田村紀雄・新保満(1987):
戦時中カナダの日系紙(下).
東京経大学会誌,150,pp223〜258.
[NC紙の紙面から見た経営状況や、投稿された短歌俳句に見られる日系人の心情などを紹介。NC紙とCCF党との関係にも言及。]
- 田村紀雄・遠山正文・山本武利・ホソカワ,ビル(1984・09):
Heart Mountain Sentinel と Bill Hosokawa .
東京経大学会誌,137,pp343〜412.
[★:戦時中、ワイオミング州におかれたハートマウンテン収容所内で発行された『センティネル』紙について、その編集に携わり、後に高名なジャーナリストとなったホソカワを軸に、全体像を浮き彫りにしている。山本によるホソカワへのインタビューを採録。]
- 田村紀雄・ハヤシ カオリ(1991・03):
『羅府新報』の英文欄−1926〜1942 紙面分析と記者経歴−.
東京経済大学人文自然科学論集,87,pp33〜64.
[★:日本語欄とは独自の論調をもっていた『羅府新報』英文欄を分析・紹介するとともに、日本語欄の一部も含め、反ファシズムの論調があったことを評価している。]
- 田村紀雄・東元春夫(1984・11):
移民新聞と同化−『ユタ日報』の事例を中心に−.
東京経大学会誌,138,pp183〜218.
[★:移民新聞と同化の問題を概説し、ジャノウィッツの仮説の妥当性検証を軸として、『ユタ日報』の歴史的経緯を追った。東元の1983年調査に基づいている。]
- 田村紀雄・藤野雅己(1986・01):
オークランド『新日本』新聞の基礎的研究.
東京経大学会誌,144,pp363〜406.
[★:『新日本』は、畑下熊野らがオークランドで1887年〜1988年に発行し、日本に送られた民権派の新聞。国内での弾圧の事実関係の理など、地道で貴重な基礎研究。]
- 田村紀雄・山本武利(1983・09):
加州日系紙の新聞広告と経営−1910〜1940−.
東京経大学会誌,132,pp187〜238.
[★:『羅府新報』を中心に、広告の内容分析や経営資料の分析を行ったもの。『加州毎日新聞』、『日米』、『新世界新聞』にも言及。]
- 日本新聞博物館(2002・11):
『企画展「海外邦字紙」と日系人社会』日本新聞博物館,114ps.
[日本新聞博物館の企画展のカタログ。紙面の写真など、多数の図版を収録。]
- 芳賀武(1983・12):
ニューヨークの邦字紙について.
別冊新聞研究,17,pp2〜4.
[★:芳賀は、『北米新報』創刊者。]
- 芳賀武追悼文集をつくる会(1989・6):
『追想・芳賀武』(私家版),251ps.
[芳賀武(1900〜88)は、1917年にハワイ、1923年に米本土へ渡って左翼運動に関わり、1945年にはニューヨークで『北米新報』を創刊した。1955年に帰国。死去後に編まれたこの文集は、貴田愛作らの寄稿や、妻・厚木たか(芳賀松枝)による詳細な年譜(pp213〜247)を収める。東京大学社会情報研究所図書館などが所蔵。]
- 林かおり(1995・12):
『羅府新報』と新国運動.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp197〜224.
[]
- 林春男(1990・12):
『トパーズ・タイムズ』解説.
『日系人強制収容所新聞「トパーズ・タイムズ」別巻』日本図書センター,pp1〜19.
[☆:『トパーズ・タイムズ』(1942〜1945)の復刻版全9巻に対する解説。この<別巻>には『タンフォーラン・トータライザー』も収録。ただし、移民史の概説とトパーズ収容所の紹介が大半で、新聞そのものの解説はごく簡単(pp18〜19)。]
- 春原昭彦(1979・10):
サンフランシスコ日系紙の歩みと現況.
別冊新聞研究,9,pp10〜11.
[★]
- 春原昭彦(1979・10):
ロサンゼルスの日系紙の変遷と発展.
別冊新聞研究,9,pp70〜72.
[★]
- 春原昭彦(1979・10):
ハワイの日系紙その生い立ちと活動.
別冊新聞研究,9,pp116〜118.
[★]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 浅野七之助.
別冊新聞研究,9,pp12〜29.
[★:浅野は、『日米新聞』『日米時事新聞』関係者。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 池添一馬・梅津孜.
別冊新聞研究,9,pp30〜39.
[★:池添・梅津は、『日米時事』経営陣。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 ハワード今関.
別冊新聞研究,9,pp40〜56.
[★:今関は、『北米毎日新聞』社長。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 吉次茂生.
別冊新聞研究,9,pp57〜67.
[★:吉次は、『北米毎日新聞』副社長。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 駒井明.
別冊新聞研究,9,pp73〜82.
[★:駒井は、『羅府新報』社長。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 橋田悌穂.
別冊新聞研究,9,pp83〜93.
[★:橋田は、『羅府新報』編集局長。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 佐藤鉄雄.
別冊新聞研究,9,pp94〜101.
[★:佐藤は、『新日米』『羅府新報』関係者。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 菱木寛・丸谷潤子.
別冊新聞研究,9,pp102〜114.
[★:菱木・丸谷は、『加州毎日』経営陣。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 山本常一.
別冊新聞研究,9,pp119〜147.
[★:山本は、『ハワイ報知』元社長。]
- 春原昭彦・高須正郎・聴取(1979・10):
聴きとりでつづる新聞史 平井隆三.
別冊新聞研究,9,pp148〜161.
[★:平井は、『日布時事』『ハワイタイムス』関係者。]
- 東元春夫(1987・04):
移民新聞の盛衰と同化に関する一考察−『羅府新報』の場合−.
新聞学評論,36,pp43〜56.
[移民新聞と同化についてのジャノウィッツの仮説に、一見すると反すると思われる『羅府新報』について、『ユタ日報』とも対比しながら、仮説の妥当性を支持している。1983年調査の一部。]
- 東元春夫(1990):
移民新聞購読と同化のレベルに関する一考察−在米日本人の調査から−.
芦屋大学論叢,19,pp131〜157.
[1983年調査の一部。議論の中心は、同化の指標とされる社会関係の分析に置かれている。]
- 東元春夫(1992・10):
「ユタ日報」最後の読者.
新聞研究,495,pp90〜96.
[『ユタ日報』の廃刊直後に、廃刊時の購読者を対象にして実施した 郵送調査の報告。読者層の特性など、集計結果を中心に紹介。]
- 東元春夫(1992・12):
「ユタ日報」の最後の読者たち.
田村紀雄・編『復刻「ユタ日報」(一九四〇〜一九四五)』五月書房,pp387〜392.
[☆:東元(1992・10)と同じ読者調査の結果を、自由記入の項目を中心に紹介。一世のコミュニティ紙としての特徴がよくわかる。]
- 藤岡伸一郎(1975・01):
海外邦字新聞の現状と課題(上) 第一回・世界日本語新聞代表者会議開催さる.
総合ジャーナリズム研究,71,pp149〜156.
- 藤岡伸一郎(1975・04):
海外邦字新聞の現状と課題(下) 第一回・世界日本語新聞代表者会議開催さる.
総合ジャーナリズム研究,72,pp123〜135.
[1974年10月の会議に参加した15紙の紹介と、その他主要日系紙の概説。研究推進への問題提起として有意義。]
- 藤田結子(2002・07):
エスニック・メディアのニュース制作−ニューヨーク市の日系新聞を事例として−.
マス・コミュニケーション研究,61,pp191〜206.
[<ホスト社会からも出身社会からも距離をおく越境者のためのメディア>として『OCS News』『The Yomiuri America』を事例に、その取材、制作の体制を論じたもの。理論的な枠組みの議論も注目される。]
- 藤野雅己(1983・07):
福田友作ノート.
田中正造とその時代,4.
[未見:福田は、『大日本』関係者。]
- 藤野雅己(1984・11):
『金門日報』創刊者永井元と松本英子.
田中正造の世界,16.
[未見]
- 藤野雅己(1986・01):
自由民権家時代の畑下(山口)熊野.
日本歴史,452,pp86〜103.
[畑下は、『新日本』関係者。湾岸地域での活動の記述は簡単(pp91〜93)だが、青年期の山口の全体像がわかる。]
- 藤野雅己(1986・09):
中島半三郎と「在米体験」−自由民権運動と労働問題−.
田村・白水・編『米国初期の日本語新聞』勁草書房,pp345〜355.
[★:中島は、『新日本』関係者。]
- 本郷文男(1993・06):
『松本市・ソルトレークシティ 姉妹提携35周年を迎えて−「ユタ日報」寺沢国子さんを偲んで』松本市ソルトレークシティ姉妹提携委員会,380ps.
[☆:両市の交流経過に関する記録・資料集。第6章に『ユタ日報』の松本市への寄贈の経過がまとめられている(pp243〜290)。末期の『ユタ日報』を紹介する現地紙の記事も収録。ただし、関係論文(田村・東元,1984 など)の引用・紹介方法に不適切な部分が多い。]
- 水沢なみ(1986・02):
ユタ日報と寺沢国子さんのこと.
伊那,1986年2月号,pp33〜35.
[★:内容は、佳知(1984)を踏まえたものか。一部に事実誤認あり。飯田市と寺澤家の関係に触れている。]
- 水野剛也(2000・01):
日系アメリカ人立ち退き・収容におけるアメリカ政府の邦字紙管理政策一九四一〜一九四二.
マス・コミュニケーション研究,56,pp174〜189.
[在米のアーカイブ類を活用し、一次史料の地道な検討を積み上げた、手堅い論文。]
- 水野剛也(2001・01):
日系アメリカ人強制収容所における新聞の「検閲」と「監督」−立ち退き・収容初期における政府の新聞発行・管理政策−.
マス・コミュニケーション研究,58,pp126〜141.
[]
- 水野剛也(2002・07):
日系アメリカ人仮収容所における新聞検閲−収容所規則と新聞検閲の一般的特徴−.
マス・コミュニケーション研究,61,pp221〜234.
[]
- 村山有(1956・04):
苦闘する邦字紙 布哇タイムスの六十周年.
新聞研究,57,pp14〜15.
[小文だが、州昇格直前のハワイにおける日系人の心情が伝わる。]
- 山下草園(1952・12):
ハワイ邦人言論機関発達史(上).
新聞研究,22,pp25〜31.
- 山下草園(1953・02):
ハワイ邦人言論機関発達史(中).
新聞研究,23,pp22〜27.
- 山下草園(1953・05):
ハワイ邦人言論機関発達史(下).
新聞研究,24,pp22〜27+p34.
[山下は、元『日布時事』記者。ハワイにおける邦人言論機関の歴史を、政治情勢との関わりを軸として詳しく述べ、また移民新聞の特殊な地位についても論じた非常に重要な文献。(下)には、百種近い邦字紙誌の「創刊改題年表」が載っている。]
- 山田晴通(1994・12):
概説『ユタ日報』 -その歴史と意義-.
「ユタ日報」復刻松本市民委員会・編『「ユタ日報」復刻版 第1巻』「ユタ日報」復刻松本市民委員会,pp431〜435.
[田村・東元(1984)、田村(1992)などを基にした『ユタ日報』の略史。]
- 山中速人(1995・12):
日本語学校「試訴」事件と日系新聞.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp225〜247.
[]
- 山本英政(1995・12):
亜米利加丸事件 -触診検査は凌辱的だったのか-.
田村紀雄・編『正義は我にあり -在米・日系ジャーナリスト群像-』社会評論社,pp101〜120.
[]
<補足1> 北米以外の日系新聞関係日本語文献(最終更新:2001.01.31.)
- 青木公(1993・05):
中南米日本語新聞六紙見聞記.
海外日系人,32,pp38〜42.
[★:『サンパウロ新聞』、『パウリスタ新聞』、『日伯毎日新聞』、『日系ジャーナル』(パラグァイ)、『らぷらた報知』、『にちぼく』への訪問を踏まえた、中南米日系紙の展望。]
- 伊藤一男(1978・10):
日本移民七十年祭と邦字新聞−ブラジル・第五回海外日系新聞年次総会に出席して−.
総合ジャーナリズム研究,86,pp27〜36.
[前半では総会の開かれたサンパウロを中心に七十年祭の取材エピソード、後半では海外日系新聞協会の活動を紹介している。]
- 海野稔(1983・12):
開戦前のメキシコ邦字紙.
別冊新聞研究,17,pp4〜5.
[★]
- 小沢君江(1993):
『パリで日本語新聞をつくる』草思社,245ps.
[小沢は、1972年に渡仏。フランス人の夫らと共に、ミニコミ『いりふね・でふね』(1974〜79)、無代紙『オヴニーOVNI』(1979〜)を刊行。強制捜査、裁判沙汰など、当時のパリの裏面を描く体験記。]
- 近藤四郎(1985・04):
アルゼンチンの邦字紙について.
別冊新聞研究,19,pp5〜6.
[★]
- サヴェリエフ,イゴリ(1996・03):
日本語新聞『浦潮日報』とウラジオストック日本人移民.
移民研究年報(日本移民学会),2,pp115〜127.
[『浦潮日報』(1917〜1930?)について、概要を紹介し、在ロシア日系人社会の研究の必要を提起している。]
- 三林坊(1980・10):
人工衛星 パラグァイの「日系ジャーナル」発刊に寄せて.
海外日系人,8,pp69〜70.
[★]
- 新聞神(1985・05):
人工衛星 邦字紙のヤミ投書に言論の自由はない.
海外日系人,17,pp77〜79.
[★:『日伯毎日新聞』投書欄に対する批判。]
- 高須正郎(1980・11):
中南米の邦字新聞(上).
新聞研究,352,pp70〜73.
[『別冊新聞研究』の聴取作業で中南米を歴訪(1978年)した際の取材に基づくもの。各地における邦字紙の歴史を概説。(上)では、メキシコとペルーを取り上げている。]
- 高須正郎(1981・01):
中南米の邦字新聞(中).
新聞研究,354,pp95〜99.
[アルゼンチンについての報告。アルゼンチンは、当初は中立国だったため、第二次世界大戦末期まで邦字紙が発行されていた。]
- 高須正郎(1981・02):
中南米の邦字新聞(下).
新聞研究,355,pp78〜82.
[ブラジル(おもにサンパウロ)についての報告]
- 高須正郎(1981・01):
中南米の邦字新聞事情.
総合ジャーナリズム研究,95,pp98〜108.
[★]
- 高須正郎(1983・12):
中・南米の日系新聞について.
海外日系新聞協会・編『報道関係者等国際交流(海外日系新聞)十年の歩み』,pp53〜60.
[ブラジル以外の中南米諸国における日系新聞紙を展望。]
- 高須正郎(1983・12):
メキシコ日系紙の歩みと現況.
別冊新聞研究,17,pp22〜23.
[★]
- 高須正郎(1983・12):
ペルーの日系新聞その変遷と葛藤.
別冊新聞研究,17,pp46〜47.
[★]
- 高須正郎(1985・04):
ブラジルの日系新聞その変遷と苦闘.
別冊新聞研究,19,pp8〜9.
[★]
- 高須正郎(1985・04):
アルゼンチンの日系紙戦前からの歩みと役割.
別冊新聞研究,19,pp74〜75.
[★]
- 高須正郎・聴取(1983・12):
聴きとりでつづる新聞史 官林良三・加藤平治・田子六郎・光田星人・荻野正蔵.
別冊新聞研究,17,pp24〜43.
[★:出席者は、メキシコシティーの日系紙関係者。]
- 高須正郎・聴取(1983・12):
聴きとりでつづる新聞史 清広亮光・飯田一夫.
別冊新聞研究,17,pp48〜66.
[★:清広・飯田は、『ペルー時報』関係者。]
- 高須正郎・聴取(1983・12):
聴きとりでつづる新聞史 呉屋勇.
別冊新聞研究,17,pp67〜75.
[★:呉屋は、『ペルー新報』関係者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 中林敏彦.
別冊新聞研究,19,pp10〜23.
[★:中林は、『日伯毎日新聞』共同創刊者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 水本光任.
別冊新聞研究,19,pp24〜31.
[★:水本は、『サンパウロ新聞』創刊者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 内山勝男.
別冊新聞研究,19,pp32〜48.
[★:内山は、『サンパウロ新聞』編集長。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 藤井卓治.
別冊新聞研究,19,pp49〜61.
[★:藤井は、『サンパウロ新聞』関係者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 谷垣ルイス.
別冊新聞研究,19,pp62〜71.
[★:谷垣は、『パウリスタ新聞』社長。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 島津重一・安東定夫・菅井営四・横尾一・比嘉良秀.
別冊新聞研究,19,pp76〜91.
[★:出席者は、ブエノスアイレスの日系紙関係者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 新宅イシ・宮地勝夫・菅井営四・田中千信.
別冊新聞研究,19,pp92〜112.
[★:出席者は、『亜国日報』関係者。]
- 高須正郎・聴取(1985・04):
聴きとりでつづる新聞史 新垣喜盛・上原清利美・比嘉良秀.
別冊新聞研究,19,pp113〜122.
[★:出席者は、『らぷらた報知』関係者。]
- 田村紀雄(2000・11):
海外の日本語新聞 ブラジルの日系コミュニティを手がかりに.
ことばと社会(三元社),4,pp88〜108.
[南米、特にブラジルにおける、日系新聞の統合、バイリンガル化などを踏まえた、日本語新聞論。]
- 田村紀雄・岩田三男・山本英政・服部秀夫・日吉昭彦(1998・10):
亜国・日本語新聞と「出稼ぎ」労働者 −『らぷらた報知』『亜国日報』の役割−.
コミュニケーション科学(東京経済大学),9,pp61〜80.
[アルゼンチンの代表的日系新聞の記事・広告の分析を踏まえ、日系人の日本への出稼ぎと日本語リテラシーの現状を論じている。]
- 前山隆(1985・04):
戦前ブラジルの邦字新聞の一面.
別冊新聞研究,19,pp2〜3.
[★]
- 水野一(1985・04):
ブラジルの日系社会と邦字紙.
別冊新聞研究,19,pp3〜5.
[★]
<補足2> 関係機関所在地
- 海外日系人協会:〒102 東京都千代田区平河町 2-7-5 砂防会館
(『海外日系人』の連絡先:海外日系新聞協会の連絡先でもある)
- 東京経済大学田村研究室:〒185 東京都国分寺市南町 1-7
- 東京経済大学図書館:〒185 東京都国分寺市南町 1-7
(日系新聞関係の文献・資料については日本で最も充実した図書館:
『東京経大学会誌』、『東京経済大学人文自然科学論集』の連絡先)
- 日本新聞協会:〒100 東京都千代田区内幸町 2-2-1 プレスセンタービル 7F
- 松本市中央図書館:〒390 長野県松本市蟻ケ崎 2-4-40
(寺澤家から『ユタ日報』関係資料の寄贈を受け、関連資料の収集にも取り組んでいる市立図書館:松本『ユタ日報』研究会の連絡先)
この文献表の作成に当たっては、下記の諸機関から御協力を頂戴した。ここに感謝の意を表する。(五十音順)
海外日系人協会、東京経済大学図書館、東京大学社会情報研究所図書館、富山大学図書館、日本新聞協会、松商学園短期大学図書館、松本市中央図書館
この文献表は、今後とも随時必要な加筆修正・増補を加え、内容を更新していきたいと考えている。あり得べき誤謬の指摘、追加すべき文献の書誌情報など、お気づきの点は、下記までお知らせ頂きたい。
東京経済大学山田研究室:
〒185 国分寺市南町 1-7-34 TEL./FAX.0423-28-7923
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