コラム,記事等(定期刊行物に寄稿されたもの):2016

コラム「ランダム・アクセス」

市民タイムス(松本市).

2016/03/11 転ばぬ先のイマドキの杖.
2016/04/18 「花散らし」論争.
2016/06/05 7億円で買えるのか?.


2016/03/11 

転ばぬ先のイマドキの杖


 3月初旬、札幌へ出かけた。例年なら、まだ最高気温が氷点下という真冬日が続いて不思議はない時期だが、滞在中は一度も真冬日にならなかった。こんなに穏やかな気候はこの時期には珍しく、持参した重装備の防寒着を着ると少し歩くだけで汗だくになる。結局、防寒着は宿に置きっ放しだった。
 とはいえ、もちろん最低気温は連日氷点下。圧雪路面が日中に融けてビチャビチャになり、夜また凍結してアイスバーンになる、という繰り返しで、足元が覚束ないことこの上ない。到着初日は、凍結路面の歩き方のコツが掴めずに悪戦苦闘し、気づくと軽い肉離れのような痛みをふくらはぎに感じた。昼間の気温が特に上がった日には、歩道上のシャーベット状の水たまりが意外に深く、あやうく靴の中まで濡らしそうになった。
 札幌市は、今や人口194万人。道民540万人の3分の1以上が札幌市民だ。札幌は、ドーム・スタジアムがあり、プロ野球とJリーグのチームがある、日本有数の大都市である。地下鉄も3路線あり、市街地内の地下鉄駅近くに住んでいれば、大抵の用事は車なしで済む。
 駅に近い高層の集合住宅に住み、車の運転は卒業して、もっぱら地下鉄やバスを利用している高齢者も多い。商業施設や公共施設の多くは地下鉄駅に近く、また、アーケードや地下通路などで直結されており、自宅から最寄駅まで歩けば日常の用は足りる。しかし、短い距離とはいえ、凍結した路面や融けかけの雪道の危うさは避け難い。
 そのためか、札幌の街を歩いていると、様々な工夫が施された雪道用の杖を持った中高年の方を見かける。そうした杖は、軽くて丈夫な金属製、グリップの形状もT字型で、折り畳めるものもあるようだ。杖の先端に金属製の滑り止めや、ゴムのような大きめの衝撃吸収材がついているものもあり、いろいろ工夫が施されている。
 車への依存が著しい松本では雪道を歩く必要性が薄いのか、こうした機能性重視の杖を使う歩行者は、あまり見かけない気がする。しかし、たまに降るドカ雪と、その後の凍結した路面に苦労することを思えば、転ばぬ先の杖で、ふだんからこうした今風の機能的な杖を用意しておくべきかもしれない。
 しかし、もはや春。次の冬までこの気持ちを憶えていられるか、こちらもかなり覚束ないところだ。


2016/04/18 

「花散らし」論争


 4月8日、春の嵐が日本列島を駆け抜け、松本平も強い雨の日曜日となった。ぼんやり観ていたテレビで、「花散らし」という言葉がちょっとした論争になっていることを知った。
 『広辞苑』は「花散らし」を、「(九州北部地方で)三月三日を花見とし、翌日、若い男女が集会して飲食すること。」と説明している。この「三月三日」は旧暦で、現在の4月上旬だが、どうやらこの定義、「若い男女が集会して飲食する」なら、実はもっと艶っぽいことも?と妄想を掻き立てるらしい。これを捉えてか、テレビでは用いない方がいいという意見や、「花散らしの風」なり「〜の雨」ならいいんじゃないか、とか、そんな昔の表現にこだわる必要はないといった意見が、テレビの中のあちこちでちらほら聞かれた。
 興味を引かれてインターネットで検索すると、例えば、気象予報士の山本昇治さんは4月3日のツイッターで<この雨風でよく使われる「花散らし」は、本来は花見で集まる男女の宴…合コンのような意味があります。これを知ると「花散らし」と声にするのは恥ずかしいですね。>と呟いている。その一方で、テレビでおなじみの気象予報士、森田正光さんは<すでに死語と化した本来の意味を持ち出して、現在ふつうに使われている「花散らし」という表現を抑えようとするのは、いかがなものかと私は思います>と述べ、NHKの『気象ハンドブック』に「最近は桜の花を散らす強風を指して言うこともある」と記されていることを紹介している。
 『気象ハンドブック』は1996年出版なので、当初は、この「最近」というのは1990年代かと思ったのだが、データベースを検索すると、朝日新聞では1971年4月9日に「花散らしの風」が見出しに使われており、「の風」がつかない「花散らし」を見出しにしたコラムも1977年4月1日に登場していた。1986年3月13日のコラム『天声人語』は、「… 関東地方にも春一番が吹き荒れた。続く春二番を「花起こし」、春三番を「花散らし」と名付けて、昔から私たちは春の足音を確認してきた」と記している。
 一方、明治時代以来の記事見出しの検索でも、宴会の意味での「花散らし」の使用例は皆無であった。森田さんの言う通り、宴会の「花散らし」は、元々限られた地域の習慣である上、とうに死語になっていると考えるべきであって、「花散らし」に文句をつけるのは、やや衒学的というか、重箱の隅突きというか、無粋なことであろう。
 私たちの多くは、桜の散り際の美学に無関心ではいられない。それは、「桜舞い散る」というキーワードを入れればヒットするといわれるJ-POPを聞いているような若い世代にも受け継がれている心情のようだ。今年の松本平の桜は、舞い散る花びらが水面を覆うような優雅な「花流れ」になるか、先般の西日本同様に「花散らし」と表現したくなるか、この原稿が掲載されるころには明らかになっているだろうか。


2016/06/05 

7億円で買えるのか?


 「熊本地震被災地支援」と銘打ったドリームジャンボ宝くじが、先日まで発売されていた。一等5億円、前後賞あわせて7億円という高額の当せん金は、全国で最大17本出るはずだ。7億円というのは、どれくらいの金額なのだろう。一般的な勤め人が、一生働いて得る生涯賃金は2億円台とされている。5億円、7億円は、その2倍、3倍の金額である。安曇野市のわが家のあたりなら、10軒以上の新築住宅が買える。その一方で、数年前に話題になった某製紙会社経営者のカジノ浪費の話では、これくらいの金額、ときにはさらにその倍以上が、一晩で動いていたそうだから、「あるところにはある」とはいえ、金額というのは不思議なものだ。
 さて、この宝くじのテレビ・コマーシャルでは、綾野剛が巨大なモビルスーツと思しき「ジャンボリオン」の搭乗員として出てきたが、これを開発した所ジョージ演じる「博士」に売値7億円を請求されて絶句する、という場面があった。この巨大メカは7億円で買えるという設定らしい。このCMを見て、別の意味で絶句した方は、けっこういたのではないか。野暮を承知で言えば、「ジャンボリオン」は、到底7億円程度で買えるはずがないのである。
 例えば、ここ数年何かと話題になるオスプレイは、1機200億円以上する。2011年の東日本大震災で28機の航空機が水没した航空自衛隊の松島基地の被害は、航空機だけで2000億円以上といわれたが、被害機は、最新鋭の機材ばかりではなかった。通常の戦闘機は、数十億円から百数十億円と値段はばらつくが、武器や装甲など装備の一部だけでも、7億円ではまともなものは買えるはずがない。
 軍事用ではない、民生用の小型プロペラ機や、小型ヘリコプターなら2億円くらいでも買えるようだが、中型以上の旅客機となるとプロペラ機でも10億円以上する。いろいろ調べてみると、5億円台で小型ジェット機を売ろうというホンダジェットは、かなりのお値打ち価格のようだ。
 とりあえず、空を飛べるものは、戦闘用でなくても値が張るのである。まあ、実際には、飛行機は、買った後の維持管理費がこれまた膨大になるので、宝くじに当たったくらいで自家用ジェットをもとうとは考えない方がよいようだ。



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