雑誌論文(その他):1991:

地域メディアの選挙報道.

新聞研究(日本新聞協会),479,pp14〜16.


 本稿は、「新聞研究」179号(1991.06.)の特集<地方選挙とメディア>に寄せられた。
 発表後既に時間が経過していることもあり、必要と考えられる補足を文中に[青字]で追記した。
(1998.12.23.)
地域メディアの選挙報道.
●「選挙どころでは…」
●特色を活かす地域紙とCATV
●農村型CATVの対応


地域メディアの選挙報道.
   松商学園短期大学 助教授 山田晴通

 長野県は、様々な地理的・歴史的背景から市町村や広域圏を単位とした地域メディアが発達している。全国的な観点からみても、日刊地域紙の紙数や普及率、CATVの施設数や普及率などは、最高の水準にある。県内でも、諏訪・伊那からなる南信地方と、松本市を中心とする中信地方は、とりわけ地域メディアの発達がめざましい。一方に、「南信日日新聞」(諏訪市)[1992年に「長野日報」と改題]や「岡谷市民新聞」など、地元での普及率が八〜九割台で数万部を発行する有力紙や、テレビ松本やLCV(レイクシティ・ケーブルビジョン:諏訪市)など、[当時、大都市郊外などに大規模な都市型CATVが現れる以前の段階においては]わが国有数の大規模な民間自主放送CATV局があるのに加え、人口数千人の町村にも地元日刊紙や農村型CATVなどが営まれているという事実が、この地方における地域メディアの充実ぶりを示している。
 こうした地域メディアが、今回の統一地方選挙にどう対応したのか、その一端を紹介するのが本稿の課題である。ここでは、筆者が日常身近に接している日刊地域紙など、松本市周辺の地域メディアから、実例を拾って行くことにしたい。ちなみに長野県内においては、統一地方選挙の前半戦(四月七日投票)では県議選、後半戦(四月二十一日投票)では茅野市長選と各地の町村長選。市町村議選が行われた。

●「選挙どころでは…」

 今年の春の甲子園では、昨秋の北信越大会で優勝し、ここ数年来の実力と(地元では)評されていた松商学園高校が、あれよあれよという間に勝ち進み、決勝戦まで進んでしまった。「地方都市ならどこでも同じ」という意味で、当然というべきか、松本は町中が「選挙どころではなくなって」しまった。さすがに、選挙を放り出して甲子園へ出かけた候補者はいなかったようだが、某派の後援会長を務めたある松商OBは「試合のある日は事務所を空けてもいいという条件で引き受けたはずだ」といって、九日間の選挙期間中あわせて五日間も松本を離れていたほどである。商工業者など、通例なら一種の「お祭り」として選挙を支える層は、選挙より甲子園にエネルギーを振り向けた。
 準決勝のころともなると、「ちょうど試合の時間帯にJR松本駅前で演説しようとした候補者が『うるさいからやめろ』と言われて帰ってしまった」といった、多少なりとも尾鰭がついていそうな噂があちこちで聞かれた。松商学園高校の試合がある日には、市民のほとんどがテレビで試合を観戦し、夜ともなれば地元のCATV・テレビ松本が関西系のプログラム・サプライヤーSVN(スペース・ビジョン・ネットワーク)[その後、チャンネルの名称はGAORAとなった]から購入して放送した試合のダイジェスト版を観ながら、勝ち戦を肴に一杯やっていたのである。
 市民の関心といったレベルだけでなく、地元地域紙の取材体制・紙面構成の上でも、県議選はすっかり甲子園に喰われてしまった。松本市を中心に、隣接する塩尻市、東筑摩郡、南安曇郡の一部を配布エリアとする「市民タイムス」は、公称四万四千部を発行しているタブロイド判十六〜二十ページ建ての朝刊紙で、月曜日が休刊日になっている。同紙は、選抜大会期間中、記者三名を甲子園に常駐させるという、地域紙としては思い切った取材体制を敷いた。
 もともと同紙は、地域紙としては先進的な水準で紙面制作の電算化を進めてきたが、今回甲子園に特派された取材記者たちも、持参した記者ワープロや写真電送機を活用し、電話回線を介して本社のシステムに原稿を直接入力できる体制をとった。松商ナインの甲子園入り以降、試合のない日も含め、「市民タイムス」は毎日何らかの記事を掲載した。さらに、試合のあった翌日は、毎日カラーの大判写真(敗れた決勝戦は白黒)と試合経過の詳報に、第一面、最終面はじめ多数の紙面を割いた。


●特色を活かす地域紙とCATV

 これまで「市民タイムス」は、選挙となれば様々な角度から選挙戦を一般記事やコラム、企画記事に取り上げ、質・量ともに地元では高く評価されてきた。今回の統一地方選挙についても、元旦号で数ページにわたって展望・解説を特集したのに始まって、有権者の意識調査や立候補予定者の状況など、事前報道も充実していた。選挙期間の直前からは、定数六に対して八人が立った松本市区の候補者全員に一人ずつ記者を張り付け、取材体制を整えた。
 しかし今回は、当然ながら、高校野球記事の分だけ、紙面における県議選の扱いは後退せざるを得なかった。県議選の告示と松商学園の初戦突破がぶつかった三月三十日付では、第一面は県議選告示が占めたものの(高校野球は最終面)、以降は甲子園の結果が優先されたがちとなった。それでも、各候補者夫人や各陣営のウグイス嬢が語る候補者像といった企画が、選挙戦期間中の紙面には登場した。もちろん、その背後には、甲子園のおかげでボツになった企画がいくつもあったのである。
 なお、「市民タイムス」は月曜休刊を通例としているが、選挙結果を伝えるために、四月八日付で県議選開票結果を特集した号外をプランケット判ペラで出して速報に当たった。
 日刊地域紙と並んで重要な地域メディアといえるのが、CATVである。松本市と塩尻市をサービス・エリアとするテレビ松本は、加入世帯が三万を超える全国有数の地方都市型CATVである。テレビ松本は、千九百八十三年の自主放送開始以来、告示前からの報道や、まんべんなく各派を回るビデオ取材、深夜までの開票速報と、選挙報道には積極的な取り組みを続けてきた。今回の県議選でも、告示前の三月二十四日に二時間の特別番組を組んだのをはじめ、告示後の四月五日にも演説会の様子などで一時間の特別番組が放送された。
 開票速報も夜の七時から十一時過ぎまで生放送で流され、開票経過が刻々と伝えられた。その間、各選挙事務所などの様子は、VTR収録から放送まで三十分から一時間という慌ただしさで次々と紹介された。全県や全国の開票速報はNHKなどによるとしても、主に地元選挙区だけに関心のある人はテレビ松本をつけっぱなしにしていたはずである。
 県議選開には号外で対応した「市民タイムス」も、町村長・市町村議選の速報に関しては号外では紙面が到底足りず、市議選公示の翌日・四月十五日と、投票/開票の翌日・四月二十二日には、臨時に(号外ではなく)本紙を刊行した。しかし、市議選となると、候補者の数が数十名に増えるため、事前の報道はどうしても手薄になる。また、県議選以上に「身近な」選挙ということもあって、地域紙でもCATVでも県議選並みの細かい報道は難しいようである。
 それでも、「市民タイムス」は、告示翌日の四月十五日付(臨時のため八ページ建て)では第一面と社会面見開き(六・七ページ)で市議選突入を報じ、情勢分析や選挙風物といった記事で、選挙気分を盛り上げるような紙面を作り上げている(二ページには市議選立候補者の顔写真と経歴)。しかし、選挙期間中の報道は、県議選に比べると、やや散漫な印象となった。
 テレビ松本も、市議選については四月十四日に松本・塩尻両市の市議選立候補者を紹介する三十分番組を流しただけで、事前の特別番組は作られなかった。その分だけ余計に熱気を帯びたというわけでもなかろうが、市議選の開票速報には、特に力が入れられた。県議選ではVTR収録と音声の中継にとどまっていた松本市の開票所からも生中継が入り、その映像も交えながら、夜七時から深夜二時半まで、番組は延々と続けられたのである。
 このように地域紙もCATVも、それぞれの特色を活かし、また見識ももって、地域の中で報道活動を展開している。総括的な観点からいえば、地域紙の本質は、速報よりも綿密な取材に基づく事前の調査や情勢分析記事、候補者/当選者の人柄を伝える記事の方にあるようだ。例えば、「市民タイムス」は選挙戦終了後、「喜び&誓い」と題して市議選の新人当選者を紹介する連載を続けているが、選挙戦報道や開票速報のみならず、地道な後追いに紙面を割けるところが、地域紙の強みの一つなのである。
 一方、CATVは、徹底した地元密着による速報番組作りによって、他のメディアには代替できない独自の機能を地域の中で果たしているように思われる。良くも悪しくも選挙が「お祭り」となる地方の地域選挙において、そのクライマックスでCATVが果たす役割は、重要なものとして定着しているのである。


●農村型CATVの対応

 テレビ松本とは別に、松本市近隣の東筑摩郡の山形村と朝日村には、MPIS施設による農村型CATVがあり、それぞれ全戸加入同然という高い普及水準になっている。このうち、山形村のYCS(山形ケーブルテレビサービス)は一九八八年の開局であるが、村長選・村議選とも統一地方選挙とは時期がズレており、既に一昨年に村長選(無投票)、昨年に村議選を経験している。今回、山形村は県議選(東筑摩郡区)が予定されていたが、それも無投票となり、その結果も特に報道されなかった。しかし、昨年の村議選に際して、YCSは村民の選挙への声を集めて特番を作ったり、選挙速報を行ったりといった取り組みをみせていた。
 地方自治体が直接運営する農村型CATV(MPIS施設)の場合には、実際の番組制作に際して、民間同様の対応が難しい部分も生じる。公的な補助金を得て、公共セクターが運営する農村型CATVは、その<中立性>を保証するメカニズムが民間のメディアとは全く違うからである。しかし、様々な制約の下でも、現場では積極的な取り組みが試みられている。
 一九八七年開局の朝日村のAYT(朝日村有線テレビ)は、前回の統一地方選挙時には、開局後まだ間もなく、特別な番組等はいっさいなく、今回の統一地方選挙は、地域選挙に取り組む番組作りの初めての機会であった。しかし、朝日村では、選挙前半戦の県議選は無投票、後半戦も村議選が無投票となり、実際に選挙戦が戦われたのは村長選だけになった。
 村長選は二派の対決選挙であったが、AYTでは、両派の後援会の様子をそれぞれ十分弱にまとめたビデオを、告示後数回放送した。事前の準備段階では、もっと詳しい後援会での演説の収録や告示前の番組の放送なども検討されたが、村営CATVである以上、どのような形であれ選挙違反のおそれがあってはならず、告示後の放送という形で落ち着いたのである。開票についても、両派の事務長のインタビューや開票所からの生中継を交えながら、開票開始から終了まで、生放送番組が流された。
 自治体が直接・間接に運営に関与するCATVは、最近における自治省の政策との関係などもあって、今後ますます増加するものと考えられる。そうした「官製」のメディアが、選挙報道において、どのように活動していくことが可能なのか、あるいはそのような制約の下に置かれるのか、CATVが地域独占事業であるだけに注目していく必要があるようだ。
(やまだ・はるみち)



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