書評:2010:

(財)中部産業・地域活性化センター・伊藤達雄 編著(2010):『中部を創る 〜20人の英知が未来をデザイン〜』

経済地理学年報(経済地理学会),56,pp.169-171.



(財)中部産業・地域活性化センター・伊藤達雄 編著(2010):『中部を創る 〜20人の英知が未来をデザイン〜』中日新聞社,301ページ,1,714円

 本書は,<「中部圏学」委員会委員長>と肩書きがついた伊藤達雄による「はじめに」で成立事情が詳しく説明されているように,財団法人中部産業・地域活性化センター(社団法人中部開発センターと財団法人中部産業活性化センターを統合)が設けた「中部圏学委員会」による「シンポジウム形式の講演会で報告」をもとに編纂された論集である。本書には,中京圏で活躍する諸分野の研究者や実務家などによる,それぞれ十数ページ程度の報告が,20本収録されている。
 いずれも伊藤による「はじめに」や序章で詳細に説明されているように,国土総合開発法(1950年制定)を根拠として1966年に制定された中部圏開発整備法は,もともとその対象範囲を,富山・石川・福井・長野・岐阜・静岡・愛知・三重・滋賀の9県としていた。同法の制定を受けて設立された社団法人中部開発センターは,この9県からなる中部圏の開発に関する事業を行い,刊行物の公刊などをしてきた。ところが,国土総合開発法に代わって2005年に制定された国土形成計画法は,北陸3県と滋賀県を切り離して中部圏の枠組みを縮小し,長野・岐阜・静岡・愛知・三重の5県を中部圏と位置づけ直したため,社団法人中部開発センターも組織の見直しを余儀なくされることとなった。9県からなる中部圏の枠組みによる論集である本書は,社団法人中部開発センターが取り組んだ最後の企画であり,最終的に組織統合後の財団法人中部産業・地域活性化センターによってまとめられて刊行された形になっている。
 本書の執筆には,経済地理学の研究者も,編者の伊藤達雄をはじめ,阿部和俊と大塚俊幸が参加しているが,経済学系や工学系の産業論・交通論・都市計画論など隣接分野の研究者や実務家(あるいは実務出身の研究者)によるバラエティ豊かな寄稿の多くは,経済地理学の観点から見ても示唆に富んだ内容になっている。20本の報告は,独立した序章とされる1本を除いて,4つの「章」(むしろ「部」というべきだったか?),すなわち「中部圏の産業構造と経済発展」,「中部圏の社会基盤」,「中部圏のまちづくり」,「中部圏の文化」に分けられている。さらに巻末には第5章として「資料編 中部圏の統計データ集」が付されている。構成を目次として示すと以下の通りである。

序章 中部圏の成立過程
「くにづくりのモデル 中部圏」伊藤達雄
第1章 中部圏の産業構造と経済発展
「中部圏の産業構造と経済発展」渡邉悌爾
「中部圏の長期的な経済動向・産業動向」内田俊宏
「次の基幹産業としての航空宇宙産業について」深川仁
「中部圏とアジアの環境協力の可能性」藤川清史
第2章 中部圏の社会基盤
「アジア大交流と『地方の佳さ』を活かす大中部圏」竹内伝史
「大中部圏における交通基盤整備の方向性」加藤哲男
「中部圏の都市交通」森川高行
「東海北陸自動車道と東海感情自動車道の地域経済への影響」三井栄
「中部圏の港湾と防災戦略」石橋健一
第3章 中部圏のまちづくり
「成長した名古屋の都市機能と都心の変化」阿部和俊
「民間から見た中部圏のまちづくり」井澤知旦
「中部圏における中心市街地活性化」大塚俊幸
「中部圏における都市計画的課題と取り組み」川上光彦
「まちづくり哲学のパラダイム転換」昇秀樹
第4章 中部圏の文化
「中部圏の文化について」安田文吉
「中部圏の山車祭りと芸能」鬼頭秀明
「金沢と町家文化」坂本英之
「常滑の産業文化と歴史」辻孝二郎
「尾張徳川家の遺産」四辻秀紀
第5章 資料編 中部圏の統計データ集

 序章「中部圏の成立過程」としておかれた,編者・伊藤による「くにづくりのモデル 中部圏」は,戦後日本の国土開発政策における中部圏の位置づけを歴史的に展望し,国レベルの政策によるトップダウンではなく,地方自治体を中心とした地域の主体的な取り組みの積み重ねの上に,中部圏という枠組みが制度化されてきたことを指摘し,その意義を歴史的経緯を踏まえて強調している。
 4本の寄稿を収めた第1章「中部圏の産業構造と経済発展」では,自動車に代表される製造業の成長によって発展してきた中部圏が,様々な意味で曲がり角にさしかかっており(渡邉論文,内田論文),ポスト自動車を模索する中で活路を航空宇宙産業(深川論文)や環境関連産業(藤川論文)などに見出そうとしていることが,論じられている。
 5本の寄稿を収めた第2章「中部圏の社会基盤」は,道州制をめぐる議論を下敷きにしながら,交通インフラについての議論が提示されている。そこでは,一方では海運による国際物流軸の日本海側へのシフトなども踏まえて「高速交通と港湾」を軸としながらも(竹内論文,加藤論文),自動車に依存した交通システムからの脱却が意識された議論(加藤論文,森川論文)が展開されている。ただし,例えば伏木港を意識した日本海側のコンテナ拠点という議論や,高速道路網の一層の拡充を求める議論には,違和感を覚える部分もあったことを率直に述べておきたい。
 地理学研究者である阿部,大塚の論文を含む5本の寄稿を収めた第3章「中部圏のまちづくり」では,近年の名古屋駅周辺の大規模な再開発などによって,名駅地区に都市機能の新たな中心が生まれてきている現状が,支所機能との関わりなどから説明され(阿部論文,井澤論文),名古屋以外の中小都市における中心市街地の再開発,活性化の取り組みが報告されている(井澤論文,大塚論文)。金沢におけるまちづくり関連条例などに言及した川上論文は,むしろ,金沢の町家文化を論じた次章の坂本論文と併せて読むべきものであろう。
 5本の寄稿を収めた第4章「中部圏の文化」は,他の章に比べると各論文の関連性が希薄である。中部圏各地に見られる山車祭りについて論じた鬼頭論文と,常滑の窯業を中心とした文化を論じた辻論文は,それぞれ独立して読まれるべきものだろう。安田論文は,両論文を結びつけ得るものではあるが,議論の力点は少し異なっているようだ。
 第5章の資料編は30ページにわたるものであり,中部圏の統計データを分かりやすく図示してグラフや表が50点以上紹介されている。その大部分を占めるグラフ類は,2色刷りながらポイントが明快に分かりやすくなるような工夫がいろいろ施されており,引用して活用できそうなものも多い。
 さて,内容の紹介は以上とし,以下では,(いずれの意味においても)「中部圏」の周縁に位置する長野県に在住する者として,本書から(あるいは過剰に)読み取った,気になる点について言及しておきたい。
 2009年の政権交代を経て,諸々の国政上の難局が続く中で,道州制の議論は社会的な注目度という意味ではやや後景に退いている感がある。しかし,平成の大合併が日本の市町村制度の大きく揺すぶり,基礎自治体のあり方が,国家=自治行政の先導(煽動?)によって半ば強制的に変えられてきた十余年を経て,都道府県制度の見直しは徐々に機が熟しつつあるが,その移行は円滑に進むとは期待しがたい状況にある。特に,道州制の導入によって,行政上のみならず様々な意味での広域中心都市として中心性を高めることを期待する州都候補地と,逆に中心性を失うことを警戒する(州都たり得ない)他の県庁所在都市の間での綱引きは,制度設計に関わる議論のあちこちで,厳しく展開され続けることになるだろう。
 そうした流れの中に,本書を置いて眺めれば,本書は州都たるべき名古屋の視点で,そのままひとつの州になるかもしれない広域経済圏「中部圏」の近未来の姿を幻視したものと言えるだろう。「はじめに」で伊藤は,9県の枠組みを「中部圏第1期」と呼び,本書を先行した社団法人中部開発センターによる一連の刊行物の「系譜に連なる」ものと位置づけ,9県の枠組みについての議論から(5県からなる)「中部圏第2期への展望も得られるに違いない」と主張している。また,第2章の竹内論文・加藤論文では9県の枠組みを,敢えて「大中部圏」と呼んでいる。そこには,9県から5県に縮減された中部圏の枠組みへの異議申し立てが盛り込まれているようにも見える。
 長野県は道州制の議論において,あるいは北関東と,あるいは北陸や東海の諸県と,様々な形で結びつけられることがある。また,前県知事が在任中の記者会見で,道州制になれば長野県がひとつではいられない,解体されるかもしれない,という旨の発言をしたほど,長野県では道州制の導入に伴う制度改変への危惧は大きい。
 本書のような将来構想への提言においても,名古屋から見て周縁に位置する長野県に関する記述はごく限られたものに留まっている。しかし,とりあえずは現行の府県制を前提とした上で圏域の開発にどう取り組むべきなのか,さらには道州制下において,どのような方向性をもった経済発展の展望が描けるのか,将来像青写真を示す責任は,官民を問わず,やはり広域的な中核都市〜州都の側にあるだろう。名古屋を中心とした中京の政財界が,ある種の社会的責任を果たしていく具体的な形として,本書のような刊行物が公刊されることには大きな意義を認めるべきであると思う。
 また,そうであればこそ,今後の財団法人中部産業・地域活性化センターが,社団法人中部開発センターを継承して9県の「中部圏第1期=大中部圏」の枠組みに向けた提言に引き続き取り組むことができるのか(公式ウェブサイトではそうした主旨のことが述べられている),あるいは,国土形成計画法の枠組みに沿って5県の「中部圏第2期」のみを対象とする活動に傾斜していくのかは,大いに気になるところである。
 ちなみに,本書で強調されている9県の「中部圏第1期=大中部圏」の枠組みが,本書の出版元でもある中日新聞社が刊行する『中日新聞』の配布圏と,過不足なくきれいに重なることを気にするのは,この際,野暮というものであろう。

(山田晴通)




このページのはじめにもどる
テキスト公開にもどる
山田晴通・業績一覧にもどる   

山田晴通研究室にもどる    CAMP Projectへゆく