招待講演:2000

地域メディア論からみた『地域』の再構成.

人文地理学会・2000年度大会(立命館大学:2000.11.11.).




地域メディア論からみた『地域』の再構成

山田 晴通(東京経済大学コミュニケーション学部)



 地理学にとって「地域」は「空間」と並ぶ重要な概念である。それだけに「地域」概念をめぐる議論は、結論のない、ある意味では不毛なものとなりがちである。肝心な点は、一つの議論が、どれだけ豊かな地理的創造力を喚起するかという点に帰するのだろう。本発表は、地理学にも隣接する学際領域である地域メディア論における議論を手がかりに、「地域」概念の再検討・再構成を行うことを課題としている。狭義の地理学の外にある議論を経由して議論することで、「地域」概念に新たな視点を導入することが、本発表の目標である。
 以下では、まず山田(1995)に拠って「地域」概念について発表者が議論の起点とする基本的認識を紹介した上で、これまでもっぱら社会学出身の研究者によって担われてきた「地域メディア論」の文脈における「地域」概念について、山田(1997)を敷衍しながら論じていく。こうした議論を踏まえて、情報化社会における「地域」概念の可能性について、若干の検討を加えることとする。

■「地域」概念について

図1 山田(1995,p59)

     「地域」をめぐる用語のニュアンス

             点

             :
             :
        場 所  :  地 点
             :
  具体的        :         抽象的  
     ・・・・・・・・・・・・・・・・・
  個別的        :         普遍的  
             :
        地 域  :  空 間
             :
             :

             面

 地理学において「地域」は、多様な意味で用いられる。特に、そのスケールの多様性、曖昧さは、常に議論となるところである。しかし、例えば「空間」とか「場所」といった概念のとの対比によって明らかになる、その含意するところは、さほど異論なく了解されるのではなかろうか。(図1)
 「地域」は、「場所性 placeness」と面的な広がりをもった具体的な領域であり、一方で「全体」に対する「部分」として捉えられると同時に、その内部に諸々の「個」を構成要素として包含する存在である(山田,1995,pp58-59)。日本語としての「地域」は、このような含意を踏まえなければ、この言葉自体によっては定義されない規模の問題に視点が向き、議論が空転することになりやすい。
 また、社会学に代表される諸学との対話において肝要な論点の一つは、「地域」の構成要素をどのように捉えるのかという出発点のところにある。社会学においては、「地域」はほぼ自動的に「地域社会=community」であり、「地域」は人々から構成されているが、地理学においては地域が無人であっても議論はできる。社会学などでは、「地域」概念を地理的な領域性から解き放し、概念を拡張しようとする議論がある。コミュニケーション論は、社会学の中から発展し、コミュニティをめぐる議論と親和性をもっているため、後述するように、地理学の視点からは違和感の残る議論が展開されることもある。

■コミュニケーション論と「地域」

 本来、コミュニケーション論にとって「地域」は非本質的な要素であり、多くの場合は議論からは捨象されるのが普通である(山田,1995,pp55-58)。「地域」の視点をコミュニケーション論に接合しようという試みは、例えば、経済学にとって「経済外的」なものとされた諸要素を、経済学に回収しようとする様々な営為(例えば、環境経済学)と共通した構図の上にある。
 コミュニケーション論の中で、いわば「下部構造」に当たる実証的なメディア論が「地域」と馴染みやすいのは、実態分析を前提とするアプローチがもっぱら「具体的で捕捉の容易な対象を扱っている」からである(山田,1995,pp60)。実際、「地域メディア論」が一つの領域として成立していることに比べると、「地域コミュニケーション論」は同様には成熟していないように思われる。
 コミュニケーションの諸要素は、「具体的実体をもっている限り、何らかの「場所」なり「地域」に立地している」し、「単に立地しているばかりでなく、その性格に「地域」性を反映させていることも考えられる」し、さらに、メッセージについても「その内容に何らかの「地域」性が与えられていれば、それは「地域」に関わる」と見なすことができる(山田,1995,pp61)。(図2)
図2 山田(1995,p62)

     地域に関わるコミュニケーションの諸類型

送り手受け手メッセージ事例 (▲は、実例を想定しにくい形態)
( 1 )地域内で完結する典型的な地域メディア
( 2 )本国のニュースを伝える移民新聞
( 3 )マス・メディアの機能を担う地域紙(戦前/離島)
( 4 )特定の他地域に向けた観光PR
( 5 )▲(本文参照)
( 6 )▲(本文参照)
( 7 )地域からの情報発信、地域のPR
( 8 )▲(本文参照)
( 9 )地域からの普遍的な情報発信
(10)中央で作られた地域別の情報サービス
(11)
(12)難視聴対策、(14)の補助手段
(13)特定の地域を取り上げるマス・メディア
(14)典型的なマス・メディア


■地域メディア論にとっての「地域」

図3 竹内(1992,p7)

     表1-1 「地域メディア」の諸類型

「メディア」の類型
コミュニケーション・メディアスペース・メディア
u


v



地理的範域を
ともなった
社会的単位
 自治体広報
 地域ミニコミ紙
 タウン誌
 地域キャプテン
 CATV
 県紙 県域放送
 公民館
 図書館
 公会堂
 公園
 ひろば
機能的共通性
にもとづく
社会的単位
 サークル誌
 ボランティアグループ会報
 各種運動体機関誌
 パソコン・ネットワーク
 クラブ施設
 同窓会館
 研修所

 地域メディア論の代表的な教科書の冒頭論文である、竹内(1992)は、「地理的に無限定なひろがりをもったメディアまでを、「地域メディア」のうちに含めることが適切であるかどうかは、問題の残るところ」(p4)と一定の留意をしつつ、「地域メディアというときの「地域」(あるいはコミュニティ)の含意が、一定のひろがりをもった地理的空間を占める社会的単位と、むしろ成員のあいだの共通性や共同性を指標とする社会的単位とに大別される」(p6)という見方が提示し、「地域」と「メディア」のカテゴリーをそれぞれに拡張し、「地域メディア」概念の展開を図示している(p7)。(図3)
 ここで「地域」概念を community に引きつけて拡張することには疑問を感じる(山田,1997,p17)が、「メディア」を「スペース・メディア」に拡張していくという展望は興味深いものである。
 もちろん竹内の議論においても「地域メディア」の中核は図の上左を占める、狭義の地域メディアに置かれている。こうした狭義の地域メディアをめぐる議論の出発点では、対象となるメディアが地域メディアと呼ぶのにふさわしいか否かが、もっぱらサービス・エリアの広がりに基づいて判断される。(少なくとも日本では)「主として県域よりも小さく、近隣集団・住区社会よりも大きい規模に地域社会を設定し」た議論が主流になっている(山田,1997,p17)。日本ではマス・メディアの発達段階における歴史的諸事情から、県域メディアの果たす役割が非常に大きいが、地域メディアは、県域に至らない規模のメディアとして理解されることになる。(ただし、県域メディアを「地域メディア」のうちに入れる議論も少なからずあり、注意が必要になる。)
 地域メディアは、形態としては小規模なマス・メディアにほかならない。しかし、わざわざ「地域メディア」概念を立てて「マス・メディア」と一線を画するのは、通常は受け手が直接経験し得ない世界の情報を伝達することがマス・メディアの本質的な役割であるのに対し、「地域メディア」は受け手の直接経験が及ぶ、生活圏内の情報伝達に重点が置かれているという対称性が根拠となっている。「地域メディアの性格を一般のマス・メディアとは異なるものにしているのは、受け手側が共有している地理的空間=具体的な地域を生きるという経験である」(山田,1997,p18)。
 地域メディアは、「コミュニティのメディア」であるよりも、「小さな「マス」社会に「コミュニティ的なるもの」を貫入させていく契機」であり、地域メディアは、「小さな「コミュニティ」より範囲の広い、小さな「マス」社会に基盤を置いている」ことが多いのである(山田,1997,p19)。

■コミュニケーションと地域

 コミュニティの変質なり崩壊といった議論は、近代化、都市化の所産として広く生じた傾向である。中でも、旧来のコミュニティ内部における成員間の(対面接触に基盤を置いた)コミュニケーションの後退は、普遍的に語られる。しかし、ヒトが物理的実体として地理的空間のどこかに身を置いて生きている以上、生活行動の基盤としての地域から完全に逃れることはできない。個人の生活のなかで、地域との情報交換の比重が激減したとしても、それはゼロにはできない。例えば「ゴミ出しのルール」が、そのギリギリの所に立ち現れる。
 旧来のコミュニティ内部における濃密なコミュニケーションに匹敵するコミュニケーションは、今日では地理的制約が弱まった形で、いわば拡散的なものになっている。コミュニケーションはメディア化され、コミュニケーション行動は、記号の解読行動へと転化しつつある。そこで重要になってくる論点の一つが、場所経験の共有である。隣近所と言葉も交わさない孤独な都市生活者も、隣近所の人々と同じ道を歩き、コンビニを利用し、同じ駅で乗降する。そして同じ場所へゴミを捨てる。また、例えば、障害者が街に出て場所経験を得るとともに可視的存在となることは、たとえ周囲の一般住民と直接の言語コミュニケーションがなくても、地域に参画する有効な方法である。これを、「仕掛ける」側から見れば、場所経験の核となるシンボル操作が重要になる訳である。
 また、当然ながら通常の(狭義の)地域メディアの役割も重要になってくる。マス・コミュニケーション研究は、マス・コミュニケーションの伝達過程が、それ自体で十分に完結するものではなく、個人間の対面接触を促し、それによって補強されることで完結することを明らかにしてきた。地域メディアは、先行する「地域」の枠組みによってその活動領域が規定されるが、同時に、その活動を通して、散在する個人(あるいは、行為主体一般)の間にコミュニケーション回路を設けることで、社会的接触を促し、諸関係を取り結ぶ契機ともなる。つまり、新たな「地域」を生成する働きを担うのである。






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