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ストライキの基礎知識
東経大教職組機関紙「輪」第209号 原稿(2014)
ストライキの基礎知識
執行委員長 山田晴通
世の中には、知っていても一生それを使うことはないだろうという知識がいろいろある。また、ひょっとして使うことがあるかもしれないと思いつつ、できれば使いたくないという知識もある。例えば、津波からの逃げ方とか、飛行機の不時着に備える姿勢といった知識がそうだろう。また、爆発物の作り方とか、独ガスの発生させ方、銃の撃ち方、といった類の知識も、できれば一生、使う機会などない方が幸せだろう。ストライキの闘い方も、こうした、できれば一生使わずに済んだ方が幸せな知識の類かもしれない。
「ストライキ」という言葉は、いつ頃からあるのだろうか。新聞記事のデータベースをいくつか検索してみたところ、朝日新聞の「聞蔵IIビジュアル」で、一八七九年一月二十九日の紙面に「英國倫敦には此頃商賣の不景氣より非常に傭賃の減却が來り「ストライキ」(傭人相集て傭主に抗ひ傭賃を引き上るの強談)が始りて…」とあるのがヒットした。ざっと見た範囲では、これが最古の事例のようだ。また、国立国会図書館のデータベースで調べると、一八八九年刊行の『小児演説独稽古』なる書籍の中に「ストライキは遂る事なし」という項目が見える。また同年の『女學雑誌』にも、「昨年やストライキの饑饉なりし」という記事が掲載されていた。つまり、明治の半ばには「ストライキ」は日本語になっていたのだ。
他言語の同じ言葉を起源としながら、導入された経緯や時期の違いから、受け入れた側の言語で異なる意味の、異なる単語となるものを「二重語」という。例えば、「アイロン」と「アイアン」は、いずれも英語の「iron」に由来する日本語の外来語だが、意味は全く異なる。「ストライキ」と「ストライク」も、いずれも英語の「strike」に由来する二重語であるが、労働争議としての「ストライキ」は、野球用語よりも古い時期に日本語に定着していたようだ。「ストライク」の初出は、朝日新聞では一九〇七年、国会図書館の蔵書では一九一〇年の『現行野球規則 : 附録・試合記録法』である。日本語になったのは「ストライキ」の方が一足早かった。
「ストライキ」は、日本語では「同盟罷業」と訳される。「罷業」とは「業務・作業をやめること」であり、皆で示し合わせて仕事をしないのが「同盟罷業」ということになる。似た言葉に「同盟怠業」があり、これは仕事には就くものの意図的に普段より効率を下げた働き方をすることを意味し、英語では「スローダウン」と呼ばれるのだが、なぜか日本語では(非合法な)「破壊活動」を意味した「サボタージュ」(機械に「木靴=サボ」を投げ入れて壊してしまうことに由来する)と混同されて、「サボる」といった表現が「怠ける」ことを指すようになっている。
労使交渉が暗礁に乗り上げたとき、労務の提供を止めて要求を通そうと労働者側が団結して行なうのがストライキであり、法律に定められた条件を守って行なう限り、正当な行動であり、刑事的処罰の対象にはならないし、雇用主が業務の停止によって損害を受けても、民事上の請求権は生じない。正しいストライキを行なうには、労働組合が、組合員によるストライキ権確立のための投票を無記名で行い、過半数の支持を得ることが必要だ。投票によってストライキ権が確立すれば、闘争委員会の指示に従って各組合員はストライキに入る。このとき、闘争委員会の指示に反した行動をとると、いわゆる「スト破り」と見なされ、組合から除名されることもあり得る。もちろん働くべき時間帯に働かないのだから、その分の賃金は減るが、組合は積み立てている闘争資金から減少分の賃金を埋め合わせることになる。
ストライキの戦術としては、全面的に業務を停止させるもののほか、特定の少数の組合員を指名し、その人だけが働かない指名ストや、短い時間だけを決め、丸一日ではなくその時間だけ実施する時限ストなどがある。これらはいずれも合法なストライキである。ストライキに至り、解決への糸口が見えないときは、労働委員会にあっせんや調停を求めることもできる。
ストライキが労働者の権利として担保されているのは、使用者=経営者側に対して、労働者のもつ力がそれだけ限定されているのが現実だからである。ストライキは、いわば伝家の宝刀なのだ。しかし、現代の日本社会では、実際にストライキが行なわれること自体が稀になってきている。
しかし、いざ宝刀を抜こうと思ったら錆び付いていて、抜き方も分からなかったとか、無理に抜いて怪我をしたということになっては話にならない。合法活動の範囲を逸脱して、組合が窮地に陥ったり、組合員の間に分裂が生じては元も子もない。できればこの春闘を機会に、できれば一生の間に活用する機会などない方が幸せな知識として、ストライキについても多くの組合員に学んでおいてほしい、と執行委員長としては切に願う所である。
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