近所の地理に明るくなろうと決意。実家から持ってきた自転車とともに出発する。
とりあえず古墳を訪ねてみる。古墳へ一歩近づこうと思い、柵を乗り越えようとする。どこからともなく男の声が・・・警備員である。どーでもいい言い訳をしてそこを去る。さあ、どこへ行こう?
門の前でボーっとしていると、なんと、私の前を行く男たち(推定65〜70歳)3人組のうちの一人のリュックの表ポケットのファスナーが開いているではないか!! しかも何か財布のような物体が落ちかかっているう!! たまげた私は声をかける。「おじさん、チャックあいてますよ。」おじさんは一瞬社会の窓を見たが、すぐに認識する。「おおう、どうもあありがとう。」
そんな御縁があってわたしは一座に加わったのだ。
ここで3人を紹介しておこう。
3人は明治大学のムジナらしい。「たまにこうやって三人で小旅行をしてるんだ」とマツさん。
一行は某森林公園へと向かう。上京してきた経緯などを話しながら。
到着。3人は桜の開花を期待していたが、東京における区内と市内の桜前線の相違のため失望する。”期待は失望につながる”もりしーの言葉通りだ。
だが一行は山を登り始める。絶景。我を忘れしばし見入る4人。年齢こそ違うが心はひとつ。
麓で昼食。私は手ブラで来ているのでちょっとづつ分けてもらう。遠足で弁当を忘れた子供の気持ち。
日本酒を飲む。みかんを食べる。3人それぞれの妻の愛情を感じる。空は青い。空気はきれい。そして3人はじいさん。私は極上の幸福にうっとりする。しあわせだあ〜。しあわせって、こういうことだったのか。お母さん、ありがとう・・
マツさんのカメラで何枚か写真撮影をする。後で送るからと言われ住所を教える。「電話番号も書きますか?」と聞くと「イタズラ電話の容疑をかけられたくないから」との答え。驚く。さすが都会のじいさんはアカぬけている。Developing Manだ。
約二週間後、マツさんの名で大きな封筒が届く。開けるとそこには一枚の便箋と一冊の本。手紙を読むとどうやらフィルムを出す際にしくじったらしい。本は美術館・博物館ガイド。たくさんの芸術に触れて、向上してくださいとのこと。あの時の幸福が蘇る。
P.S. マツさんから私へ-くれぐれも悪い男には注意すること。東京には悪い男がたくさんいるから。誠実な男を選びなさい。
そう、あれは五月の末だった。私は暗い生活をしていた。学校へも行かずに毎日、毎日、何もせず、ただ息をしていた。つまらなくて、やる気もなくて、さびしくて‥‥でも私は、そんな生活から抜け出したかった。向上心は一応あったのだ。
とりあえず私は、サークルに入ろうとした。友達まではいかないにしても、せめて顔見知りだけでもほしかったのだ。
私に選ばれたのは、学内の旅行研究会だった。第一回目は飲み会だった。初めてお酒を飲み、酔っ払ったのも判別不可能な私は、満員電車に乗った。その中で私は吐いた。止まらなかった。一瞬、カバンの中へゲロを入れようと思ったのだが、それは買ったばかりのマリクワのかばん。外へ出した。そしてそれはピンクのスプリングコートやピカピカのエナメル靴などに流出。
すると社内中の人たちからティッシュの嵐。嵐。嵐。日本人は優しい。あの時、私の吐いたものが自分のコートについたにもかかわらず、私を介抱してくれたおばさま。本当にありがとうございました。クリーニング代を払うべきでした。そこまで思考が働かなかったです。
みなさんに迷惑をかけ、隣に座る女性の冷たい視線をうけ、泣きたくもあり、酔っていたためおかしくもあった。
サークルの第二回目は、某市へのハイキング的なものであった。
これは私の予想を遥かに下回ったものであった。
まあ、初めだし‥と気をとり直しいざ出陣。
そこはまあ、なんというか、山あり川ありのところ。
それぞれのグループでかたまっているから、当然私は一人者‥
これじゃあ小学校の教室内となんも変わんねーよ、ケッって、おああー!! どっしぇー!!
そこには一人、異なる人間がいた。
日本酒「酒豪」を片手に、一人ぷ〜らぷらと歩いている。
その人の名はマサミタ。おそるべし‥
川魚をいくらで釣り、焼き、食べ、ついでに焼きそばなぞも焼き、食べ、マサミタと二人、酒を酌み交わしていたら、
部員の上層部の人間がこう言った。「少し歩くと滝があるんだって。レッツラゴー!」「はぁーい!!」
爽やかガールズ。
つーことで、私と先輩(マサミタ)とあと一人陰の薄い人を残し、一行は滝を目指した。らしい。
そこで先輩とご近所さんであることが判明。電話番号交換などをしてしまったさ。