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モラール(士気)の問題


東経大教職組機関紙「輪」原稿(1996)

モラール(士気)の問題        山田晴通

 着任初年度からいきなり組合の執行委員を引き受け、半年余りが経過した。この間、慣れない組合活動の体験から、いろいろなことを学んだ。ただ教員として勤務しているだけでは見えてこないような、東経大の様々な側面を知ることができた。「輪」編集子より、「執行委員としてのあいさつ」を寄稿せよという求めがあったので、本稿を書き(叩き?)はじめたのだが、組合の「執行委員」というよりも、もっと自由な「一組合員」としての立場で、この間に感じてきたことを綴り、責務を果たすことにしたい。
 既に十八歳人口はピークを越え、いよいよ本格的な「大学冬の時代」が到来しようとしている。こんなことは今さらくどくどと言うことではない。一般論としての「冬の時代」の議論から一歩も二歩も踏み込んで、現にいるスタッフを抱えた東経大が、どのようにすればこの荒波を乗り切れるのか、あるいは、放置すればどのように波に呑み込まれるのか、といった現状分析、そして、将来に向けた戦略的な展望が、何よりも求められる段階になってきたのである。
 東経大が築き上げてきた社会的信用、ブランド・イメージの失墜を許容するのでなければ、現状のまま何の改革もせずに学生数を維持するという選択はできない。また、先行きは不透明だが、臨時定員増分の定員の返上といった圧力も強まっていこう。できるだけ現状のままの運営を図るならば、どこかで段階的に学生実数を削減しなければならない。学費はこれ以上の高水準にはできないから、学生実数減は、そのまま収入減となる。学費収入以外の収入を考えてみても、それが急速に拡大することは期待薄であるし、むしろ入学試験の受験料のように減収となることもあるだろう。このように近い将来の収入減が明らかに見込まれるとき、経営上の選択肢は、支出削減による「縮小均衡」か、事業拡大や新規事業開拓による「拡大均衡」か、その両者を折衷した方策ということになる。いずれにせよ舵取りは容易ではなく、経営者の責務は重い。「拡大均衡」路線を進む場合も含めて、経費支出の厳しい管理は必至である。
 追いつめられた経営にとって、手っ取り早い経費削減の対象は人件費である。あらゆる組織は人で成り立っているが、組織は、個人の力量を越えてチーム・プレーで機能している限り、構成員が少し交代したり、抜けたりしても、すぐに立往生するわけではない。一人抜けたらたちまち止まってしまう組織は、本当の意味での組織ではなかろう。つまり、きちんとした組織は、少々の人員削減をされても、一見さほど問題なく機能し続けてしまうのである。しかし、長期的に見れば、人員削減によって組織にかけられた負荷は、余裕と「遊び」を削ることで組織から創造性を奪い、同時に、業務における恒常的なぎりぎりの緊張感によって、組織は柔軟性を枯渇させてしまう。組織を搾れば搾るほど、無駄な油をとることは可能かもしれないが、潤滑油を失った組織は動こうとしてもあちこちに軋轢を生じるようになるし、やがては硬直化し、自壊する途をたどるだろう。組織の弱体化は、それが明らかになった時には、もう手遅れということも多い。
 人員削減ではなく、業務の外注化によって経費を圧縮し、現に雇用されている者の待遇を守るという方策はどうだろう。守衛所問題で明らかになったように、これは現在の東経大がとろうとしている方向である。この方向に突き進めば、一定の待遇が保証された少数の専任者と、同じ大学で働きながら専任ではない者との間に、分断が持ち込まれるばかりか、大学の組織は次第に結束力を欠いた無責任体制へと転落していくだろう。それは、例えば民間放送局における労使関係、外注化問題を考えてみれば明らかなことである。
 本来、組織を指揮し、経営を預かる者にとって、業務の担い手のモラール(士気)の維持、高揚は、大きな課題である。やる気をそがれた人間が構成する組織は、官僚制の悪しき部分を増幅させる。アリバイ仕事にせよ、先送りという実質的サボタージュにせよ、モラールの低下は、直接的に労働生産性を押し下げていく。残念ながら東経大においては、昨年来、外注化や、職員諸制度の議論など、人事関係の諸問題が職員のモラールに大きな動揺を与えてきた。経営側が「適材適所」を強調しながら、ルールが見えず、その意図がなかなか理解を得られない大規模人事異動は、こうした動きを象徴している。経営哲学の欠如と、それを糊塗する秘密主義は、不信感と猜疑心で組織の活力をそぐばかりである。このままでは、教員の任期制導入論や、欠員の放置に等しい長期の採用人事の停滞も、やがては教員のモラールにも悪影響を与えるだろう。
 今の、そして、これからの東経大に必要なことは、単純な労働強化や、実労働時間の引き延ばしではなく、適切かつ有効な研修等による資質の向上や、業務の整理・合理化を通じた労働生産性の向上であり、その実現のためには、職員全体のモラール向上が絶対に必要となってくる。モラールがあっての労働力、人材であり、活力と理想があっての組織である。ただ賃金さえ上げれば、やる気が出てくるというものではない。何よりも必要なのは、職場における信頼関係と目的意識である。そのことを経営者側に認識させていくためにも、我々は、組合として、また一人一人の個人として、声を上げていかなければならない。



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