山田晴通:
「ポピュラー音楽研究」に関する音大生からの質問
ここでは、1999年度に非常勤講師として国立音楽大学で講義をした「ポピュラー音楽研究」の期末レポートで、受講者諸君が「授業の感想」の中で書き記してくれた質問の類と、それに対する山田の回答を公開しています。
このページは、後期のレポート採点後に山田が回答を伝える機会がないことを踏まえて作成を思いたったものです。しかし、作成しているうちに、より一般的なQ&Aとしても意味があるのではないかと考えるようになり、そうした観点から、質問文の整理や若干の加工を加えることにしました。
ここページでは、できるだけ多くの質問に何らかの形では応じた内容となるよう心がけたつもりですが、直接すべての質問が引用されているわけではありません。この点はどうかご了解下さい。
このページへの、ご意見、ご要望、ご感想などをお寄せ下さい。
yamada@tku.ac.jp
Q:ポピュラー音楽と、非ポピュラー音楽との違いは何ですか?
生産の仕方だけですか?
それとも耳で聴き分けることは出来るのですか?
A:これは授業を全部やり直さなければいけないような質問ですが、ちょっと議論の組立方を変えて、できるだけ簡潔にお答えしておきます。
私は、議論の出発点として、<ポピュラー音楽とは「ポピュラー音楽」とよばれることが多い音楽だ>と考えています。つまり、社会の中の多数派なり主流派が「ポピュラー音楽」だと直感する〜深く考えずに判断する〜音楽がポピュラー音楽ということになります。
そこで問題は、どんな特徴を持った音楽が「ポピュラー音楽」だと思われがちか(自分自身、思いがちか)ということになりますが、そうした分析の結果として、浮かび上がってくるのが、授業の中でも最初の方で整理した諸特徴、例えば、「宗教的というより世俗的」、「宮廷的というより民衆的」とか「新しく作られた音楽」といった「ポピュラー音楽」の特徴であり、その背後にあるのが、近代の大量複製技術と、音楽の商品化という歴史の流れでした。(この辺りは、前期の最初の方の講義ですね。)
ですから、<ポピュラー音楽と、非ポピュラー音楽との違い>は、まず第一には、
「ポピュラー音楽」と呼ばれることの有無あるいは多寡
に求められます。そして、その有無なり多寡についての説明として、生産の様式から、演奏者の服装まで、音そのものとは無関係の要素も含めた、様々な視点からの議論が出てくるわけです。したがって、一定の条件の下では、
<生産の仕方>だけでポピュラー音楽と非ポピュラー音楽を分けることも可能
ですが、
<生産の仕方>はポピュラー音楽と非ポピュラー音楽を分ける唯一の説明ではない
ということになります。
様々な説明の仕方の中には、当然、楽理的な視点や、楽器の響きなど、<耳で聴き分ける>ことのできる要素も入ってきます。ですから、当然、ポピュラー音楽と非ポピュラー音楽を<耳で聴き分ける>ことのできる場面は数多くあるでしょう。しかし、同時に<耳で聴き分ける>ことができない要素によって、ポピュラー音楽と非ポピュラー音楽の直感的な判断が左右されてしまう場面もあるのです。
Q:クラシックとは何ですか?
A:クラシックという言葉は、本来は「古典的」という意味で、一つの文明の基盤になっているような、古い時代の、完成度の高い、その後の時代にお手本とされてきたような作品を指す言葉です。一般的にヨーロッパ文明圏では、古代ギリシャと古代ローマの文学・芸術などを指して古典=クラシックとしています。日本の場合は、平安時代の文学や、日本に大きな影響を与えた古代中国の文学などを古典と称するのが普通です。
その意味では、音楽におけるクラシックの概念は、他の分野とは大きく異なります。(授業の中でもルネサンス=復興=がクラシック=古典=より前にある分野は音楽だけだ、というお話をしました。)
その大きな原因は、音そのものを記録し、複製する手段の出現が遅かったという点にあります。記譜法の発展と規格化された楽器の普及が背景にあって和声理論は飛躍的に高度化し、大規模な交響曲という形態へと西洋音楽は急速に展開します。そして、新しい流れとしてロマン派の存在が意識されたときに、それとの対比で、それ以前の高度な完成度をもった大バッハ以降の音楽が古典を意識されるようになりました。(ちなみに、それ以前の、つまりバロック以前の音楽は、いわば「別もの」にされてしまったことになります。)
したがって、クラシック音楽は、本来は大バッハ以降、ロマン派以前の音楽を指す言葉でした。また、考えてみれば当たり前のことですが、肝心な点はバッハもモーツァルトも自分たちが「クラシック音楽」をやっているという意識はなかったということです。彼らは、教会音楽と世俗音楽の違い、芸術音楽と民謡の違いは意識していましたが、自分たちの営為を「クラシック」とは意識しなかったわけです。これは、あらゆる古典に通じる特徴であると同時に、後の世にいる私たちが古典に向かうときに、まず肝に銘じなければならない点です。
さて、ロマン派の時代以降も音楽は歴史を重ねるわけですが、やがて、十九世紀を通じて(今日的な意味での)ポピュラー音楽の出現に至る、技術や制度の変革が生じます。そしてポピュラー音楽の確立とともに、それに対比される芸術音楽〜シリアス(真面目)音楽の総称として、ベートーベンやブラームスのようなロマン派も含めた「クラシック」音楽という広い概念が形作られます。今日、一般化しているような、現代音楽(の一部)をも「クラシック」音楽に分類してしまうような意識は、クラシック=古典という理解が薄れ、かつて本来のクラシック=古典派音楽によって制度づけられた芸術音楽の延長線上にあるものを全て「クラシック」とする、ある意味では乱暴な理解の仕方です。
しかし、見方を変えれば、この広い「クラシック」音楽は、狭いクラシック音楽=古典派音楽を「古典」と位置づけ、それを何らかの意味で継承し、手本として尊重する流れの総称、と理解できるでしょう。
以下は、蛇足です。
ロックの世界では、「クラシック・ロック」とか「ロック・クラシックス」という言い方をときどき見かけます。クラシック音楽を取り込んだロックではありません。そうしたロックは「クラシカル・ロック」ということが多いようです。
これはもっぱら1960年代から1970年代初頭の、ビートルズと同時代のロックを指していることが多いようです。これに対して、その前の1950年代のロックンロールは、「オールディーズ」と呼ばれるのが一般的です。ひょっとすると、ロックンロール・オールディーズは、バロック音楽の位置にあり1960年代がロック音楽の「古典」期だという意識が共有されているのかもしれません。
Q:CDのジャケットなどに、よく「ポップ」とか「ジャズ」とか記されているものがありますが、これはどのような基準で分類されているのですか?
A:こうした表記は、レコード会社が販売店での商品整理の便宜を考えてつけるものです。要するにレコード会社が、例えば「このCDは<ジャズ>として売って下さい」と販売店にお願いしている表示に過ぎません。販売店の側でも、全ての商品の中身の音を聞いて自分で分類するというケースは稀ですから、こうして表記を見て置く棚を決めるわけです。どのような基準かといえば、<レコード会社の判断>ということになります。
Q:ヴァイオリンのジャズで有名なものって、どんなのがありますか?
A:最近日本でも、ジャズやポピュラーのスタイルでバイオリンが弾かれる機会が多くなっています。ネットでキーワード検索すると、いろいろなものがヒットしますから、これを入口にするのもいいかもしれません。なにしろ、宇多田ヒカルのジャズ・バイオリン版(寺井尚子)もあるくらいです。
しかし、イチオシでお勧めなのは、やはりステファン・グラッペリ(1908-1997)でしょう。日本語のHPもこちらや、こちらにあります。
最後に........お答えできなかった主な質問を紹介します。
一緒に考えて下さい。
- ソウルや、ブラジル音楽で、胸がキュンとするのはどうしてか?
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