山田ゼミ(東京経済大学コミュニケーション学部 2006年度「卒業制作・卒業論文」)
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松田 秀之

[卒業論文]デジタルオーディオプレイヤーにおける Apple 及び 大手国内メーカー三社の戦略分析

<目次>
<要旨>

 近年、MDやCDといった従来の携帯オーディオに代わり、携帯オーディオ市場の中心はiPodに代表されるデジタルオーディオプレイヤーが担っている。
 そこで本論文では、デジタルオーディオプレイヤー市場を形成している主要なメーカーとして、
の四社を取りあげ、製品戦略を主とした分析を行った。

 Apple社:iPodシリーズ  ソニー:ウォークマン  松下電器;D-Snap Audio  東芝:gigabeat まとめ
 製品戦略の面から見て、デジタルオーディオあるいは携帯オーディオはいま、機能性よりもデザインが重視される傾向があり、シェアの獲得には「ファッション性」のアプローチが重要となっている。その上で、シェアの維持にはハードやソフトの操作性、あるいは、それらがいかに充実しているかも関係してくる。Apple社の成功はその一連のプロセスが確立されている点が大きい。一方の国内メーカーが、操作性や音楽環境といった効果的な要素を生むには、これまでの自社技術先行の認識ではなく、消費者の視点という認識を前提として戦略を行う必要がある。そして、そのような認識の変化が表れ始めている事が、当該市場にとって重要な意味を持っている。


丸茂 弘一

[卒業制作]ヤマネオン ミニアルバム制作

<解説文>[一部のみ]

はじめに
 「ヤマネオン」とは自分が現在所属し、活動しているバンドの名前である。約2年前にサークルの仲間と結成し活動を行っている。ボーカル、ギター、ベース、キーボード、ドラムの5人編成で、自分はドラムを担当している。主に、吉祥寺、下北沢のライブハウスで月に1ー2回ライブを行っている。「ヤマネオン」というバンド名の由来は、結成当初バンド名を考えているときに、「ヤマネコ倶楽部」と「バンドネオン」の2つが候補に挙がり、なかなか決まらなかったので、その2つをくっつけて「ヤマネオン」となった。そんなバンドの6曲入りミニアルバムを今回制作した。

1.制作意図
 自分は大学生活中、バンドサークルに所属し様々な音楽に出会い、興味を持った。ゼミでも音楽のことを学ぶゼミにも入り、音楽中心の生活をしてきた。そんな中、今までは様々なアーティストの音楽を聴いたり、コピーして演奏するだけだったが、「ヤマネオン」というバンドを組み、今度は音楽を発信する側になった。活動を始めた当初は曲を作り、ライブで演奏するだけだったが、徐々にCDを作り作品を世に残したいと思うようになった。そして2005年の10月に初めてのレコーディングを行い、自主制作盤「山とネオン」(3曲入り500円)を発表した。売れ行きはなかなか好調でライブ会場での手売りのみで、現在までに300枚近く売れている。
 そして今年「ヤマネオン」の新たな一歩としてミニアルバムを作ることとになった。今回の作品は前回とは違い、ゆくゆくは全国流通させたいと考えている。「ヤマネオン」にと2年間の活動の集大成であり、自分にとっても大学4年間の集大成でもある。そんな作品を今回卒業制作にしたいと考えた。
 この作品の中の曲で自分が作詞や作曲をしたものはないが、編曲と演奏をしている。

[以下、目次のみ]
2.制作過程
3.曲目解説(ドラムアレンジについて)
4.まとめ

  ヤマネオン大当たりの気分
1.山猫軒
2.曜日感覚
3.大洪水
4.ポリリズム
5.小さな巨人
6.若者



片岡 達夫

[卒業論文]コミックと子ども

<目次>
<要旨>

 コミックを規制するとはどういうことなのだろうか。何によって制約が加えられ、誰のために、そして何のために行うのか。
 表現の形態である「コミック」を規制することには多くの問題が内在する。なぜなら、制約を加えることは、民主主義国家であるならば、当然に保障されるべき基本的人権である「表現の自由」に抵触しかねないからである。「表現の自由」の概念の中には、表現者の権利はもちろんのこと、表現を受け取る我々の「知る自由」も深く関わる問題なのである。
 そうした「表現の自由」の観点からは、法により規制を加えることの問題点および表現が国家による統制化に置かれる危険性を指摘できる。
 しかし、マンガは他のメディアとは異なる背景を元にこれまで規制されてきたと言えるだろう。今日の日本において、他国では例を見ないほどコミック市場は大きな成長を遂げている。コミック本、コミック雑誌年間売り上げは、1970年代には一千億円を突破し、1988年には四千億円まで達した。また1990年には出版物の総売上高の22.9%をコミックが占めるほどまでになった。(清水1992 pp222)これほどの成長を遂げると、もはやコミックは広範囲の年齢層まで読者を拡大しているといってよい。実際に、マンガのジャンルにおいても幅広い拡大を見せており、少年・少女向けのマンガ雑誌からサラリーマン向けのものまであり、更にはパチンコや麻雀のみを取り扱った専門マンガ雑誌も存在するのである。このように大きな成長を遂げたことが非難や批判を浴びるといった要因となってしまったのである。
今や、電車に乗れば大人がマンガ雑誌を読んでいる姿なんかをよく見かけるし、子どものみを対象としたものではないマンガ原作の実写映画も数多く存在する。こうして見ると、マンガは広く大人にも受け入れられた文化になってきたと言えるかも知れない。また、コミック規制を取り上げた文献の中には、子どもを守るために制約を設けることは同時に大人の権利が侵害されることであると指摘する文献が数多く見受けられた。制約を設けることはそうした問題が生じることも事実なのだが、マンガまたはコミックの特性において、子どもを無視してコミック規制を論ずることはできないのである。そして、マンガを非難・批判する大人たちの意識には、常にマンガ表現による子どもへの悪影響に中心が置かれ、規制する根拠とされてきたのである。
日本国憲法において、大人である成人の「表現の自由」は保障されており、そして成人の権利が侵害されることは許されないのだが、子どもである未成年者の権利はどうなのであろうか。
 子どもの基本的人権は、大きく分けて二通りの見解が示されている。それは「判断能力が未発達な点を考慮すると保障される権利に一定の制約を設けなければならない。」という子どもは保護される存在であると主張する見解と、「子どもであっても一人の人間であることから、人権は保障されるべきである。」という子どもの健全な育成のためには、広く偏りのない情報を与えるべきであると主張する見解である。
こうした問題に対して、コミック規制が規制されてきた歴史を振り返り、そして内在する諸問題を取り上げ、1989年11月20日に国連総会で採択された「子どもの権利条約」の観点から、子どもの「表現の自由」についての見解を示す。


伏見 宣人

[卒業論文]コンピューターと音楽の関わり

<目次>
<要旨>

 コンピューターミュージックという言葉の定義は、とても幅広いものだ。コンピューターが少しでも関わっていれはコンピューターミュージックという事だからだ。それはMIDI企画が制定される以前のことも含まれるが、ここではMIDI規格制定以降に限定してMIDIによるコンピューターミュージック、いわゆるデスクトップミュージックについて論じたい。
 現在では、ほとんどの音楽にコンピューターが関わっているといえる。しかし何故ここまで、コンピューターと音楽の関係が深くなったのだろうか。
 その経緯を、デスクトップミュージックと生演奏を比較した点や、コンピューターを使用した音楽を広めるきっかけになった音楽のジャンル、代表的なアーティスト、歴史的背景、人間の芸術的感覚を取り上げながら考察する。
 そして、デスクトップミュージックが、今以上にひとつの音楽ジャンルとして認識された時、音楽シーンがどのように発展していくのかを考える。


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