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書評:阿久 悠『書き下ろし歌謡曲』
東谷 護 NEWSLETTER 34(1997.10.21.)
阿久 悠 ,1997,『書き下ろし歌謡曲』岩波新書.
阿久悠は、今年で作詞家としての活動が30年である。今、改めて阿久の作詞家としての活動を振り返ってみるのもそれなりの意義があるだろう。作詞家としての売上げは、いまだに彼を抜く者はいない、という数字だけを取り出すまでもなく、アイドルを発掘した「スター誕生」というテレビ番組にかかわっていたこと、ピンクレデイー、沢田研二、をはじめとしたスター達への作詞、さらには五木ひろし、八代亜紀など演歌歌手への詞の提供、ピンポンパン体操の詞など、ジャンルを問わず、その数、5,000曲余りを残している。そんな阿久も80年代半ばより、作詞家としての活動は、一線を引き、小説家としての活動が目立ってきていた。映画化された「瀬戸内少年野球団」などが代表作である。
阿久は、「注文も受けずに書き始めたというのはこれが初めて(p.131)」という。しかも前書きで「近くには、ミュージックはあるがソングはない(略)特に、ソングはないということは言葉がないということで、これはいささか、はやりすたれとだけ云っていられない気持ちになります。(p.i)」と言葉の重要性を説く。この阿久の言葉に対するこだわりは、この書の、つまり歌詞のなかで一貫している。彼は、散文詩を発表したのではない、と主張する。「歌謡詩(ママ)の中で、メロディがつけられるという前提(p.134)」で詞を作っている。つまり完成された歌詞が、我々の前に存在しているのである。しかも曲なしでだ。
10年弱だろうか、以前、銀色夏生という詩人の詩集が女子高生や女子大生に人気があった。もちろん、彼女の詩は、曲をつけることを前提に書かれたものではない。『サラダ記念日』も然り。いや、世に出版された詩集のほとんどが最初から曲がつけられることなど考えていないか、あるいは、すでに音を伴った楽曲として存在する歌の「詞」を詩集として出版されたものなのではないかと思う。きわめて阿久は、挑戦的な詞集を出したことになる。阿久自身「ソングと言葉のために、ドン・キホーテを演じました。(p.ii)」と自らの行動を理解している。
本書の内容の興味深い点だが、10のジャンルに分け、1ジャンルにつき10篇の詞が並べられている。その他に<僕の歌謡曲論><「書き下ろし」という冒険>という章がある。前者が、30年にわたって作詞家として活動してきた回顧話である。もちろん、ここにも阿久の作詞家としての創作姿勢が随所にみられるが、前著『A面B面(1985)』『夢を食った男たち(1993)』と重なるところが多い。後者に関しては、この書についての創作動機から始まって各ジャンルの解説にまで及ぶ。評者としては、詞はもちろんのこと、阿久の創作姿勢が明確にわかったことが、なにより面白かったし、ドキリとさせられた。
この書には、もう一つ見逃せない点がある。各ジャンルの、つまり各章の見出し頁の裏に、阿久が、5,6行のエッセイを書いている。その何気ない記述に、阿久の創作姿勢が現れている。ここで一つだけ紹介してみよう。
「大都会は、一人暮らしの女に似合う。高層のホテルも、ブティックも、カフェも、一人暮らしの女のためにあるように思える。彼女たちは颯爽としている。大胆でもある。不良でもある。群衆の中で輝く。しかし、群衆が無縁の人と思えたとき、翳る。
その瞬間を見落としてしまったら、現代では歌が作れない。(p.20)」阿久は、自分では歌わない。シンガーソングライターではない。歌い手に詞を提供する作詞家である。しかも流行り歌のだ。彼の眼には、常に時代を見る鋭さが、あるのだろう。この現代の女性に対する、都会での仕事を持つ女性なのだろうか、いずれにしてもありふれた光景の中に阿久の目が光っている。
阿久悠。1937年生まれ。今年で還暦である。そういえば、美空ひばりも1937年生まれである。若い我々が、彼らに負けてはいられない。この書には、ポピュラー音楽研究のヒントが、隠されている。ぜひ、一読を勧めたい。
最後に阿久が、大衆音楽に対して「歌という風のような文化(p.148)」という言葉を使っているが、風を追いかける大衆音楽研究も悪くはないだろう。
<参考>
阿久悠の作詞家活動30周年記念として、CD「移りゆく時代(とき) 唇に詩(うた)」<全14枚、261曲>(1997,ビクターエンターテインメント)とCD「VELFARRE J-POP NIGHT presents DANCE with YOU」(1997, avextrax)<15曲、阿久作詞の曲にMAX,SPEEDらがカバー>が、発売されている。
なお、本書については、東谷 護「新たなる歌詞研究」『表現研究』67号、でも扱っている。
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